〘178㌻〙
第1章
1 太初に言あり、言は神と偕にあり、言は神なりき。
2 この言は太初に神とともに在り、
3 萬の物これに由りて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。
4 之に生命あり、この生命は人の光なりき。
5 光は暗󠄃黑に照る、而して暗󠄃黑は《[*]》之を悟らざりき。[*或は「之に勝󠄃たざりき」と譯す。]
6 神より遣󠄃されたる人いでたり、その名をヨハネといふ。
7 この人は證のために來れり、光に就きて證をなし、また凡ての人の彼によりて信ぜん爲なり。
8 彼は光にあらず、光に就きて證せん爲に來れるなり。
9 もろもろの人をてらす眞の光ありて、世にきたれり。
10 彼は世にあり、世は彼に由りて成りたるに、世は彼を知らざりき。
11 かれは己の國にきたりしに、己の民は之を受けざりき。
12 されど之を受けし者、即ちその名を信ぜし者には、神の子となる權をあたへ給へり。
13 斯る人は血脈によらず、肉の欲によらず、人の欲によらず、ただ神によりて生れしなり。
14 言は肉體となりて我らの中に宿りたまへり、我らその榮光を見たり、實に父󠄃の獨子の榮光にして恩惠と眞理とにて滿てり。
15 ヨハネ彼につきて證をなし、呼はりて言ふ『「わが後にきたる者は我に勝󠄃れり、我より前󠄃にありし故なり」と、我が曾ていへるは此の人なり』
16 我らは皆その充ち滿ちたる中より受けて、恩惠に恩惠を加へらる。
178㌻
17 律法はモーセによりて與へられ、恩惠と眞理とはイエス・キリストによりて來れるなり。
18 未だ神を見し者なし、ただ父󠄃の懷裡にいます獨子の《[*]》神のみ之を顯し給へり。[*異本「の神」なし。]
19 さてユダヤ人、エルサレムより祭司とレビ人とをヨハネの許に遣󠄃して『なんぢは誰なるか』と問はせし時、ヨハネの證は斯のごとし。
20 乃ち言ひあらはして諱まず『我はキリストにあらず』と言ひあらはせり。
21 また問ふ『さらば何、エリヤなるか』答ふ『然らず』問ふ『かの預言者なるか』答ふ『いな』
22 ここに彼ら言ふ『なんぢは誰なるか、我らを遣󠄃しし人々に答へ得るやうに爲よ、なんぢ己につきて何と言ふか』
23 答へて言ふ『我は預言者イザヤの云へるが如く「主の道󠄃を直くせよと、荒野に呼はる者の聲」なり』
24 かの遣󠄃されたる者は、パリサイ人なりき。
25 また問ひて言ふ『なんぢ若しキリストに非ず、またエリヤにも、かの預言者にも非ずば、何故バプテスマを施すか』〘130㌻〙
26 ヨハネ答へて言ふ『我は水にてバプテスマを施す。なんぢらの中に汝らの知らぬもの一人たてり。
27 即ち我が後にきたる者なり、我はその鞋の紐を解くにも足らず』
28 これらの事は、ヨハネのバプテスマを施しゐたりしヨルダンの向なるベタニヤにてありしなり。
29 明くる日ヨハネ、イエスの己が許にきたり給ふを見ていふ『視よ、これぞ世の罪を《[*]》除く神の羔羊。[*或は「負󠄅ふ」と譯す。]
30 われ曾て「わが後に來る人あり、我にまされり、我より前󠄃にありし故なり」と云ひしは、此の人なり。
31 我もと彼を知らざりき。然れど彼のイスラエルに顯れんために、我きたりて水にてバプテスマを施すなり』
32 ヨハネまた證をなして言ふ『われ見しに御靈、鴿のごとく天より降りて、その上に止れり。
179㌻
33 我もと彼を知らざりき。然れど我を遣󠄃し、水にてバプテスマを施させ給ふもの、我に吿げて「なんぢ御靈くだりて或人の上に止るを見ん、これぞ聖󠄄靈にてバプテスマを施す者なる」といひ給へり。
34 われ之を見て、その神の子たるを證せしなり』
35 明くる日ヨハネまた二人の弟子とともに立ちて、
36 イエスの步み給ふを見ていふ『視よ、これぞ神の羔羊』
37 かく語るをききて二人の弟子イエスに從ひゆきたれば、
38 イエス振反りて、その從ひきたるを見て言ひたまふ『何を求むるか』彼等いふ『ラビ(釋きていへば師)いづこに留り給ふか』
39 イエス言ひ給ふ『きたれ、然らば見ん』彼ら徃きてその留りたまふ所󠄃を見、この日ともに留れり、時は《[*]》第十時ごろなりき。[*今の午後四時頃ならん。]
40 ヨハネより聞きてイエスに從ひし二人のうち一人は、シモン・ペテロの兄弟アンデレなり。
41 この人まづ其の兄弟シモンに遇󠄃ひ『われらメシヤ(釋けばキリスト)に遇󠄃へり』と言ひて、
42 彼をイエスの許に連れきたれり。イエス之に目を注めて言ひ給ふ『なんぢはヨハネの子シモンなり、汝ケパ(釋けばペテロ)と稱へらるべし』
43 明くる日イエス、ガリラヤに徃かんとし、ピリポにあひて言ひ給ふ『われに從へ』
44 ピリポはアンデレとペテロとの町なるベツサイダの人なり。
45 ピリポ、ナタナエルに遇󠄃ひて言ふ『我らはモーセが律法に錄ししところ、預言者たちが錄しし所󠄃の者に遇󠄃へり、ヨセフの子ナザレのイエスなり』
46 ナタナエル言ふ『ナザレより何の善き者か出づべき』ピリポいふ『來りて見よ』
47 イエス、ナタナエルの己が許にきたるを見、これを指して言ひたまふ『視よ、これ眞にイスラエル人なり、その衷に虛僞なし』〘131㌻〙
48 ナタナエル言ふ『如何にして我を知り給ふか』イエス答えて言ひたまふ『ピリポの汝を呼ぶまへに我なんぢが無花果の樹の下に居るを見たり』
180㌻
49 ナタナエル答ふ『ラビ、なんぢは神の子なり、汝はイスラエルの王なり』
50 イエス答へて言ひ給ふ『われ汝が無花果の樹の下にをるを見たりと言ひしに因りて信ずるか、汝これよりも更に大なる事を見ん』
51 また言ひ給ふ『まことに誠に汝らに吿ぐ、天ひらけて、人の子のうへに神の使たちの昇り降りするを汝ら見るべし』
第2章
1 三日めにガリラヤのカナに婚禮ありて、イエスの母そこに居り、
2 イエスも弟子たちと共に婚禮に招かれ給ふ。
3 葡萄酒つきたれば、母、イエスに言ふ『かれらに葡萄酒なし』
4 イエス言ひ給ふ『をんなよ、我と汝となにの關係あらんや、我が時は未だ來らず』
5 母、僕どもに『何にても其の命ずる如くせよ』と言ひおく。
6 彼處にユダヤ人の潔󠄄の例にしたがひて四五斗入りの石甕六個ならべあり。
7 イエス僕に『水を甕に滿せ』といひ給へば、口まで滿す。
8 また言ひ給ふ『いま汲み取りて饗宴長に持ちゆけ』乃ち持ちゆけり。
9 饗宴長、葡萄酒になりたる水を甞めて、その何處より來りしかを知らざれば(水を汲みし僕どもは知れり)新郎を呼びて言ふ、
10 『おほよそ人は先よき葡萄酒を出し、醉のまはる頃ほひ劣れるものを出すに、汝はよき葡萄酒を今まで留め置きたり』
11 イエス此の第一の徴をガリラヤのカナにて行ひ、その榮光を顯し給ひたれば、弟子たち彼を信じたり。
12 この後イエス及びその母・兄弟・弟子たちカペナウムに下りて、そこに數日留りたり。
181㌻
13 斯てユダヤ人の過󠄃越の祭ちかづきたれば、イエス、エルサレムに上り給ふ。
14 宮の內に牛・羊・鴿を賣るもの、兩替する者の坐するを見て、
15 繩を鞭につくり、羊をも牛をもみな宮より逐󠄃ひ出し、兩替する者の金を散し、その臺を倒し、
16 鴿をうる者に言ひ給ふ『これらの物を此處より取り去れ、わが父󠄃の家を商賣の家とすな』
17 弟子たち『なんぢの家をおもふ熱心われを食󠄃はん』と錄されたるを憶ひ出せり。〘132㌻〙
18 ここにユダヤ人こたへてイエスに言ふ『なんぢ此等の事をなすからには、我らに何の徴を示すか』
19 答へて言ひ給ふ『なんぢら此の《[*]》宮をこぼて、われ三日の間に之を起󠄃さん』[*或は「聖󠄄所󠄃」と譯す。]
20 ユダヤ人いふ『この《[*]》宮を建つるには四十六年を經たり、なんぢは三日のうちに之を起󠄃すか』[*或は「聖󠄄所󠄃」と譯す。]
21 これはイエス己が體の宮をさして言ひ給へるなり。
22 然れば死人の中より甦へり給ひしのち、弟子たち斯く言ひ給ひしことを憶ひ出して聖󠄄書とイエスの言ひ給ひし言とを信じたり。
23 過󠄃越のまつりの間、イエス、エルサレムに在すほどに、多くの人々その爲し給へる徴を見て御名を信じたり。
24 然れどイエス己を彼らに任せ給はざりき。それは凡ての人を知り、
25 また人の衷にある事を知りたまへば、人に就きて證する者を要󠄃せざる故なり。
第3章
1 爰にパリサイ人にて名をニコデモといふ人あり、ユダヤ人の宰なり。
2 夜イエスの許に來りて言ふ『ラビ、我らは汝の神より來る師なるを知る。神もし偕に在さずば、汝が行ふこれらの徴は誰もなし能はぬなり』
3 イエス答へて言ひ給ふ『まことに誠に汝に吿ぐ、人《[*]》あらたに生れずば、神の國を見ること能はず』[*或は「上より」と譯す。]
182㌻
4 ニコデモ言ふ『人はや老いぬれば、爭で生るる事を得んや、再び母の胎に入りて生るることを得んや』
5 イエス答へ給ふ『まことに誠に汝に吿ぐ、人は水と靈とによりて生れずば、神の國に入ること能はず、
6 肉によりて生るる者は肉なり、靈によりて生るる者は靈なり。
7 なんぢら《[*]》新に生るべしと我が汝に言ひしを怪しむな。[*或は「上より」と譯す。]
8 風は《[*]》己が好むところに吹く、汝その聲を聞けども、何處より來り何處へ徃くを知らず。すべて靈によりて生るる者も斯のごとし』[*原語「靈」とおなじ。]
9 ニコデモ答へて言ふ『いかで斯る事どものあり得べき』
10 イエス答へて言ひ給ふ『なんぢはイスラエルの師にして猶かかる事どもを知らぬか。
11 誠にまことに汝に吿ぐ、我ら知ることを語り、また見しことを證す、然るに汝らその證を受けず。
12 われ地のことを言ふに汝ら信ぜずば、天のことを言はんには爭で信ぜんや。
13 天より降りし者、即ち人の子の他には、天に昇りしものなし。
14 モーセ荒野にて蛇を擧げしごとく、人の子もまた必ず擧げらるべし。
15 すべて信ずる者の彼によりて永遠󠄄の生命を得ん爲なり』
16 それ神はその獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして永遠󠄄の生命を得んためなり。〘133㌻〙
17 神その子を世に遣󠄃したまへるは、世を審かん爲にあらず、彼によりて世の救はれん爲なり。
18 彼を信ずる者は審かれず、信ぜぬ者は旣に審かれたり。神の獨子の名を信ぜざりしが故なり。
19 その審判󠄄は是なり。光、世にきたりしに、人その行爲の惡しきによりて、光よりも暗󠄃黑を愛したり。
20 すべて惡を行ふ者は光をにくみて光に來らず、その行爲の責められざらん爲なり。
21 眞をおこなふ者は光にきたる、その行爲の神によりて行ひたることの顯れん爲なり。《[*]》[*二一、或は「眞を行ふ者はその行爲のあらはれん爲に光に來る、神によりて行ひたる故なり」と譯す。]
183㌻
22 この後イエス、弟子たちとユダヤの地にゆき、其處にともに留りてバプテスマを施し給ふ。
23 ヨハネもサリムに近󠄃きアイノンにてバプテスマを施しゐたり、其處に水おほくある故なり。人々つどひ來りてバプテスマを受く。
24 ヨハネは未だ獄に入れられざりしなり。
25 爰にヨハネの弟子たちと一人のユダヤ人との間に、潔󠄄につきて論起󠄃りたれば、
26 彼らヨハネの許に來りて言ふ『ラビ、視よ、汝とともにヨルダンの彼方にありし者、なんぢが證せし者、バプテスマを施し、人みなその許に徃くなり』
27 ヨハネ答へて言ふ『人は天より與へられずば、何をも受くること能はず。
28 「我はキリストにあらず」唯「その前󠄃に遣󠄃されたる者なり」と我が言ひしことに就きて證する者は、汝らなり。
29 新婦󠄃をもつ者は新郎なり、新郎の友は、立ちて新郎の聲をきくとき、大に喜ぶ、この我が勸喜いま滿ちたり。
30 彼は必ず盛になり、我は衰ふべし』
31 上より來るものは凡ての物の上にあり、地より出づるものは地の者にして、その語ることも地の事なり。天より來るものは凡ての物の上にあり。
32 彼その見しところ、聞きしところを證したまふに、誰もその證を受けず。
33 その證を受くる者は、印して神を眞なりとす。
34 神の遣󠄃し給ひし者は神の言をかたる、神、御靈を賜ひて量りなければなり。
35 父󠄃は御子を愛し、萬物をその手に委ね給へり。
36 御子を信ずる者は永遠󠄄の生命をもち、御子に從はぬ者は生命を見ず、反つて神の怒その上に止るなり。〘134㌻〙
第4章
1 主、おのれの弟子を造󠄃り、之にバプテスマを施すこと、ヨハネよりも多しと、パリサイ人に聞えたるを知り給ひし時、
184㌻
2 (その實イエス自らバプテスマを施ししにあらず、その弟子たちなり)
3 ユダヤを去りて復ガリラヤに徃き給ふ。
4 サマリヤを經ざるを得ず。
5 サマリヤのスカルといふ町にいたり給へるが、この町はヤコブその子ヨセフに與へし土地に近󠄃くして、
6 此處にヤコブの泉あり。イエス旅路に疲れて泉の傍らに坐し給ふ、時は《[*]》第六時頃なりき。[*今の正午頃ならん。]
7 サマリヤの或女、水を汲まんとて來りたれば、イエス之に『われに飮ませよ』と言ひたまふ。
8 弟子たちは食󠄃物を買はんとて町にゆきしなり。
9 サマリヤの女いふ『なんぢはユダヤ人なるに、如何なればサマリヤの女なる我に、飮むことを求むるか』これはユダヤ人とサマリヤ人とは交りせぬ故なり。
10 イエス答へて言ひ給ふ『なんぢ若し神の賜物を知り、また「我に飮ませよ」といふ者の誰なるを知りたらんには、之に求めしならん、然らば汝に活ける水を與へしものを』
11 女いふ『主よ、なんぢは汲む物を持たず、井は深し、その活ける水は何處より得しぞ。
12 汝はこの井を我らに與へし我らの父󠄃ヤコブよりも大なるか、彼も、その子らも、その家畜も、これより飮みたり』
13 イエス答へて言ひ給ふ『すべて此の水をのむ者は、また渇かん。
14 然れど我があたふる水を飮む者は、永遠󠄄に渇くことなし。わが與ふる水は彼の中にて泉となり、永遠󠄄の生命の水湧きいづべし』
15 女いふ『主よ、わが渇くことなく、又󠄂ここに汲みに來ぬために、その水を我にあたへよ』
16 イエス言ひ給ふ『ゆきて夫をここに呼びきたれ』
17 女こたへて言ふ『われに夫なし』イエス言ひ給ふ『夫なしといふは宜なり。
18 夫は五人までありしが、今ある者は、なんぢの夫にあらず。無しと云へるは眞なり』
19 女いふ『主よ、我なんぢを預言者とみとむ。
20 我らの先祖たちは此の山にて拜したるに、汝らは拜すべき處をエルサレムなりと言ふ』
185㌻
21 イエス言ひ給ふ『をんなよ、我が言ふことを信ぜよ、此の山にもエルサレムにもあらで、汝ら父󠄃を拜する時きたるなり。
22 汝らは知らぬ者を拜し、我らは知る者を拜す、救はユダヤ人より出づればなり。
23 されど眞の禮拜者の、靈と眞とをもて父󠄃を拜する時きたらん、今すでに來れり。父󠄃は斯のごとく拜する者を求めたまふ。
24 神は靈なれば、拜する者も靈と眞とをもて拜すべきなり』
25 女いふ『我はキリストと稱ふるメシヤの來ることを知る、彼きたらば、諸般のことを我らに吿げん』〘135㌻〙
26 イエス言ひ給ふ『なんぢと語る我はそれなり』
27 時に弟子たち歸りきたりて、女と語り給ふを怪しみたれど、何を求め給ふか、何故かれと語り給ふかと問ふもの誰もなし。
28 爰に女その水瓶を遺󠄃しおき、町にゆきて人々にいふ、
29 『來りて見よ、わが爲しし事をことごとく我に吿げし人を。この人、或はキリストならんか』
30 人々町を出でてイエスの許にゆく。
31 この間に弟子たち請󠄃ひて言ふ『ラビ、食󠄃し給へ』
32 イエス言ひたまふ『我には汝らの知らぬ我が食󠄃する食󠄃物あり』
33 弟子たち互にいふ『たれか食󠄃する物を持ち來りしか』
34 イエス言ひ給ふ『われを遣󠄃し給へる物の御意󠄃を行ひ、その御業をなし遂󠄅ぐるは、是わが食󠄃物なり。
35 なんぢら收穫時の來るには、なほ四月ありと言はずや。我なんぢらに吿ぐ、目をあげて畑を見よ、《[*]》はや黄ばみて收穫時になれり。[*「はや」或は三六節「刈る者」の上におく。]
36 刈る者は、價を受けて永遠󠄄の生命の實を集む。播く者と刈る者とともに喜ばん爲なり。
37 俚諺に彼は播き、此は刈るといへるは、斯において眞なり。
38 我なんぢらを遣󠄃して勞せざりしものを刈らしむ。他の人々さきに勞し、汝らはその勞を收むるなり』
186㌻
39 此の町の多くのサマリヤ人、女の『わが爲しし事をことごとく吿げし』と證したる言によりてイエスを信じたり。
40 斯てサマリヤ人、御許にきたりて、此の町に留らんことを請󠄃ひたれば、此處に二日とどまり給ふ。
41 御言によりて猶もおほくの人、信じたり。
42 かくて女に言ふ『今われらの信ずるは汝のかたる言によるにあらず、親しく聽きて、これは眞に世の救主なりと知りたる故なり』
43 二日の後イエスここを去りてガリラヤに徃き給ふ。
44 イエス自ら證して預言者は己が郷にて尊󠄅ばるる事なしと言ひ給へり。
45 斯てガリラヤに徃き給へば、ガリラヤ人これを迎󠄃へたり。前󠄃に彼らも祭に上り、その祭の時にエルサレムにて行ひ給ひし事を見たる故なり。
46 イエス復ガリラヤのカナに徃き給ふ、ここは前󠄃に水を葡萄酒になし給ひし處なり。時に王の近󠄃臣あり、その子カペナウムにて病みゐたれば、
47 イエスのユダヤよりガリラヤに來り給へるを聞き、御許にゆきてカペナウムに下り、その子を醫し給はんことを請󠄃ふ、子は死ぬばかりなりしなり。
48 爰にイエス言ひ給ふ『なんぢら徴と不思議とを見ずば、信ぜじ』〘136㌻〙
49 近󠄃臣いふ『主よ、わが子の死なぬ間にくだり給へ』
50 イエス言ひ給ふ『かへれ、汝の子は生くるなり』彼はイエスの言ひ給ひしことを信じて歸りしが、
51 下る途󠄃中、僕ども徃き遇󠄃ひて、その子の生きたることを吿ぐ。
52 その癒󠄄えはじめし時を問ひしに『昨日の《[*]》第七時に熱去れり』といふ。[*今の午後一時頃ならん。]
53 父󠄃その時の、イエスが『なんぢの子は生くるなり』と言ひ給ひし時と同じきを知り、而して己も家の者もみな信じたり。
54 是はイエス、ユダヤよりガリラヤに徃きて爲し給へる第二の徴なり。
187㌻
第5章
1 この後ユダヤ人の祭ありて、イエス、エルサレムに上り給ふ。
2 エルサレムにある羊門のほとりにヘブル語にてベテスダといふ池あり、之にそひて五つの廊あり。
3 その內に病める者・盲人・跛者・痩せ衰へたる者ども夥多しく臥しゐたり。《[*]》(水の動くを待てるなり。[*異本括孤中の句なし。]
4 それは御使のをりをり降りて水を動かすことあれば、その動きたるのち最先に池にいる者は、如何なる病にても癒󠄄ゆる故なり)
5 爰に三十八年、病になやむ人ありしが、
6 イエスその臥し居るを見、かつその病の久しきを知り、之に『なんぢ癒󠄄えんことを願ふか』と言ひ給へば、
7 病める者こたふ『主よ、水の動くとき、我を池に入るる者なし、我が徃くほどに他の人、さきだち下るなり』
8 イエス言ひ給ふ『起󠄃きよ、床を取りあげて步め』
9 この人ただちに癒󠄄え、床を取りあげて步めり。
その日は安息日に當りたれば、
10 ユダヤ人、醫されたる人にいふ『安息日なり、床を取りあぐるは宜しからず』
11 答ふ『われを醫ししその人「床を取りあげて步め」と云へり』
12 かれら問ふ『「取りあげて步め」と言ひし人は誰なるか』
13 されど醫されし者は、その誰なるを知らざりき、そこに群衆ゐたればイエス退󠄃き給ひしに因る。
14 この後イエス宮にて彼に遇󠄃ひて言ひたまふ『視よ、なんぢ癒󠄄えたり。再び罪を犯すな、恐らくは更に大なる惡しきこと汝に起󠄃らん』
15 この人ゆきてユダヤ人に、おのれを醫したる者のイエスなるを吿ぐ。
16 ここにユダヤ人かかる事を安息日になすとて、イエスを責めたれば、
17 イエス答へ給ふ『わが父󠄃は今にいたるまで働き給ふ、我もまた働くなり』〘137㌻〙
18 此に由りてユダヤ人いよいよイエスを殺さんと思ふ。それは安息日を破るのみならず、神を我が父󠄃といひて己を神と等しき者になし給ひし故なり。
188㌻
19 イエス答へて言ひ給ふ『まことに誠に汝らに吿ぐ、子は父󠄃のなし給ふことを見て行ふほかは自ら何事をも爲し得ず、父󠄃のなし給ふことは子もまた同じく爲すなり。
20 父󠄃は子を愛してその爲す所󠄃をことごとく子に示したまふ。また更に大なる業を示し給はん、汝等をして怪しましめん爲なり。
21 父󠄃の死にし者を起󠄃して活し給ふごとく、子もまた己が欲する者を活すなり。
22 父󠄃は誰をも審き給はず、審判󠄄をさへみな子に委ね給へり。
23 これ凡ての人の父󠄃を敬ふごとくに子を敬はん爲なり。子を敬はぬ者は之を遣󠄃し給ひし父󠄃をも敬はぬなり。
24 誠にまことに汝らに吿ぐ、わが言をききて我を遣󠄃し給ひし者を信ずる人は、永遠󠄄の生命をもち、かつ審判󠄄に至らず、死より生命に移れるなり。
25 誠にまことに汝らに吿ぐ、死にし人、神の子の聲をきく時きたらん、今すでに來れり、而して聞く人は活くべし。
26 これ父󠄃みづから生命を有ち給ふごとく、子にも自ら生命を有つことを得させ、
27 また人の子たるに因りて審判󠄄する權を與へ給ひしなり。
28 汝ら之を怪しむな、墓にある者みな神の子の聲をききて出づる時きたらん。
29 善をなしし者は生命に甦へり、惡を行ひし者は審判󠄄に甦へるべし。
30 我みづから何事もなし能はず、ただ聞くままに審くなり。わが審判󠄄は正し、それは我が意󠄃を求めずして、我を遣󠄃し給ひし者の御意󠄃を求むるに因る。
31 我もし己につきて證せば、我が證は眞ならず。
32 我につきて證する者は、他にあり、その我につきて證する證の眞なるを我は知る。
33 なんぢら前󠄃に人をヨハネに遣󠄃ししに、彼は眞につきて證せり。
34 我は人よりの證を受くる事をせねど、唯なんぢらの救はれん爲に之を言ふ。
35 かれは燃えて輝く燈火なりしが、汝等その光にありて暫時よろこぶ事をせり。
189㌻
36 然れど我にはヨハネの證よりも大なる證あり。父󠄃の我にあたへて成し遂󠄅げしめ給ふわざ、即ち我がおこなふ業は、我につきて父󠄃の我を遣󠄃し給ひたるを證し、
37 また我をおくり給ひし父󠄃も、我につきて證し給へり。汝らは未だその御聲を聞きし事なく、その御形を見し事なし。
38 その御言は汝らの衷にとどまらず、その遣󠄃し給ひし者を信ぜぬに因りて知らるるなり。
39 汝らは聖󠄄書に永遠󠄄の生命ありと思ひて之を査ぶ、されどこの聖󠄄書は我につきて證するものなり。〘138㌻〙
40 然るに汝ら生命を得んために我に來るを欲せず。
41 我は人よりの譽をうくる事をせず、
42 ただ汝らの衷に神を愛する事なきを知る。
43 我はわが父󠄃の名によりて來りしに、汝等われを受けず、もし他の人おのれの名によりて來らば之を受けん。
44 互に譽をうけて唯一の神よりの譽を求めぬ汝らは、爭で信ずることを得んや。
45 われ父󠄃に汝らを訴へんとすと思ふな、訴ふるもの一人あり、汝らが賴とするモーセなり。
46 若しモーセを信ぜしならば、我を信ぜしならん、彼は我につきて錄したればなり。
47 されど彼の書を信ぜずば、爭で我が言を信ぜんや』
第6章
1 この後イエス、ガリラヤの海、即ちテベリヤの海の彼方にゆき給へば、
2 大なる群衆これに從ふ、これは病みたる者に行ひたまへる徴を見し故なり。
3 イエス、山に登りて、弟子たちと共にそこに坐し給ふ。
4 時はユダヤ人の祭なる過󠄃越に近󠄃し。
5 イエス眼をあげて大なる群衆のきたるを見てピリポに言ひ給ふ『われら何處よりパンを買ひて、此の人々に食󠄃はすべきか』
6 かく言ひ給ふはピリポを試むるためにて、自ら爲さんとする事を知り給ふなり。
190㌻
7 ピリポ答へて言ふ『二百デナリのパンありとも、人々すこしづつ受くるになほ足らじ』
8 弟子の一人にてシモン・ペテロの兄弟なるアンデレ言ふ
9 『ここに一人の童子あり、大麥のパン五つと小き肴二つとをもてり、然れど此の多くの人には何にか爲らん』
10 イエス言ひたまふ『人々を坐せしめよ』その處に多くの草ありて人々坐せしが、その數おほよそ五千人なりき。
11 爰にイエス、パンを取りて謝し、坐したる人々に分󠄃ちあたへ、また肴をも然なして、その欲するほど與へ給ふ。
12 人々の飽󠄄きたるのち弟子たちに言ひたまふ『廢るもののなきように擘きたる餘をあつめよ』
13 乃ち集めたるに、五つの大麥のパンの擘きたるを食󠄃ひしものの餘、十二の筐に滿ちたり。
14 人々その爲し給ひし徴を見ていふ『實にこれは世に來るべき預言者なり』
15 イエス彼らが來りて己をとらへ、王となさんとするを知り、復ひとりにて山に遁れたまふ。
16 夕になりて弟子たち海にくだり、
17 船にのり海を渡りて、カペナウムに徃かんとす。旣に暗󠄃くなりたるに、イエス未だ來りたまはず。
18 大風ふきて海ややに荒出づ。
19 かくて四五十丁こぎ出でしに、イエスの海の上をあゆみ、船に近󠄃づき給ふを見て懼れたれば、〘139㌻〙
20 イエス言ひたまふ『我なり、懼るな』
21 乃ちイエスを船に歡び迎󠄃へしに、船は直ちに徃かんとする地に著けり。
22 明くる日、海のかなたに立てる群衆は、一艘のほかに船なく、又󠄂イエスは弟子たちと共に乘りたまはず、弟子たちのみ出でゆきしを見たり。
23 (時にテベリヤより數艘の船、主の謝して人々にパンを食󠄃はせ給ひし處の近󠄃くに來る)
24 ここに群衆はイエスも居給はず、弟子たちも居らぬを見てその船に乘り、イエスを尋󠄃ねてカペナウムに徃けり。
191㌻
25 遂󠄅に海の彼方にてイエスに遇󠄃ひて言ふ『ラビ、何時ここに來り給ひしか』
26 イエス答へて言ひ給ふ『まことに誠に汝らに吿ぐ、汝らが我を尋󠄃ぬるは、徴を見し故ならでパンを食󠄃ひて飽󠄄きたる故なり。
27 朽つる糧のためならで永遠󠄄の生命にまで至る糧のために働け。これは人の子の汝らに與へんと爲るものなり、父󠄃なる神は印して彼を證し給ひたるに因る』
28 ここに彼ら言ふ『われら神の業を行はんには何をなすべきか』
29 イエス答へて言ひたまふ『神の業はその遣󠄃し給へる者を信ずる是なり』
30 彼ら言ふ『さらば我らが見て汝を信ぜんために、何の徴をなすか、何を行ふか。
31 我らの先祖は荒野にてマナを食󠄃へり、錄して「天よりパンを彼らに與へて食󠄃はしめたり」と云へるが如し』
32 イエス言ひ給ふ『まことに誠に汝らに吿ぐ、モーセは天よりのパンを汝らに與へしにあらず、然れど我が父󠄃は天よりの眞のパンを與へたまふ。
33 神のパンは天より降りて生命を世に與ふるものなり』
34 彼等いふ『主よ、そのパンを常に與へよ』
35 イエス言ひ給ふ『われは生命のパンなり、我にきたる者は飢󠄄ゑず、我を信ずる者はいつまでも渇くことなからん。
36 然れど汝らは我を見てなほ信ぜず、我さきに之を吿げたり。
37 父󠄃の我に賜ふものは皆われに來らん、我にきたる者は、我これを退󠄃けず。
38 夫わが天より降りしは我が意󠄃をなさん爲にあらず、我を遣󠄃し給ひし者の御意󠄃をなさん爲なり。
39 我を遣󠄃し給ひし者の御意󠄃は、すべて我に賜ひし者を、我その一つをも失はずして終󠄃の日に甦へらする是なり。
40 わが父󠄃の御意󠄃は、すべて子を見て信ずる者の永遠󠄄の生命を《[*]》得る是なり。われ終󠄃の日にこれを甦へらすべし』[*或は「得る事と、終󠄃の日に我が之を甦へらする事と是なり」と譯す。]
192㌻
41 爰にユダヤ人ら、イエスの『われは天より降りしパンなり』と言ひ給ひしにより、
42 呟きて言ふ『これはヨセフの子イエスならずや、我等はその父󠄃母を知る、何ぞ今「われは天より降れり」と言ふか』〘140㌻〙
43 イエス答へて言ひ給ふ『なんぢら呟き合ふな、
44 我を遣󠄃しし父󠄃ひき給はずば、誰も我に來ること能はず、我これを終󠄃の日に甦へらすべし。
45 預言者たちの書に「彼らみな神に敎へられん」と錄されたり。すべて父󠄃より聽きて學びし者は我にきたる。
46 これは父󠄃を見し者ありとにあらず、ただ神よりの者のみ父󠄃を見たり。
47 誠に誠に、なんぢらに吿ぐ、信ずる者は永遠󠄄の生命をもつ。
48 我は生命のパンなり。
49 汝らの先祖は荒野にてマナを食󠄃ひしが死にたり。
50 天より降るパンは、食󠄃ふ者をして死ぬる事なからしむるなり。
51 我は天より降りし活けるパンなり、人このパンを食󠄃はば永遠󠄄に活くべし。我が與ふるパンは我が肉なり、世の生命のために之を與へん』
52 爰にユダヤ人、たがひに爭ひて言ふ『この人はいかで己が肉を我らに與へて食󠄃はしむることを得ん』
53 イエス言ひ給ふ『まことに誠に、なんぢらに吿ぐ、人の子の肉を食󠄃はず、その血を飮まずば、汝らに生命なし。
54 わが肉をくらひ、我が血をのむ者は永遠󠄄の生命をもつ、われ終󠄃の日にこれを甦へらすべし。
55 夫わが肉は眞の食󠄃物、わが血は眞の飮物なり。
56 わが肉をくらひ、我が血をのむ者は、我に居り、我もまた彼に居る。
57 活ける父󠄃の我をつかはし、我の父󠄃によりて活くるごとく、我をくらふ者も我によりて活くべし。
58 天より降りしパンは、先祖たちが食󠄃ひてなほ死にし如きものにあらず、此のパンを食󠄃ふものは永遠󠄄に活きん』
59 此等のことはイエス、カペナウムにて敎ふるとき、會堂にて言ひ給ひしなり。
193㌻
60 弟子たちの中おほくの者これを聞きて言ふ『こは甚だしき言なるかな、誰か能く聽き得べき』
61 イエス弟子たちの之に就きて呟くを自ら知りて言ひ給ふ『このことは汝らを躓かするか。
62 さらば人の子の原居りし處に昇るを見ば如何。
63 活すものは靈なり、肉は益する所󠄃なし、わが汝らに語りし言は、靈なり生命なり。
64 されど汝らの中に信ぜぬ者どもあり』イエス初より信ぜぬ者どもは誰、おのれを賣る者は誰なるかを知り給へるなり。
65 斯て言ひたまふ『この故に我さきに汝らに吿げて父󠄃より賜はりたる者ならずば我に來るを得ずと言ひしなり』
66 斯において弟子等のうち多くの者、かへり去りて、復イエスと共に步まざりき。
67 イエス十二弟子に言ひ給ふ『なんぢらも去らんとするか』〘141㌻〙
68 シモン・ペテロ答ふ『主よ、われら誰にゆかん、永遠󠄄の生命の言は汝にあり。
69 又󠄂われらは信じ、かつ知る、なんぢは神の聖󠄄者なり』
70 イエス答へ給ふ『われ汝ら十二人を選󠄄びしにあらずや、然るに汝らの中の一人は惡魔󠄃なり』
71 イスカリオテのシモンの子ユダを指して言ひ給へるなり、彼は十二弟子の一人なれど、イエスを賣らんとする者なり。
第7章
1 この後イエス、ガリラヤのうちを巡󠄃りゐ給ふ、ユダヤ人の殺さんとするに因りてユダヤのうちを巡󠄃ることを欲し給はぬなり。
2 ユダヤ人の假廬の祭ちかづきたれば、
3 兄弟たちイエスに言ふ『なんぢの行ふ業を弟子たちにも見せんために、此處を去りてユダヤに徃け。
4 誰にても自ら顯れんことを求めて隱に業をなす者なし。汝これらの事を爲すからには己を世にあらはせ』
194㌻
5 是その兄弟たちもイエスを信ぜぬ故なり。
6 爰にイエス言ひ給ふ『わが時はいまだ到らず、汝らの時は常に備れり。
7 世は汝らを憎むこと能はねど我を憎む、我は世の所󠄃作の惡しきを證すればなり。
8 なんぢら祭に上れ、わが時いまだ滿たねば、我は今この祭にのぼらず』
9 かく言ひて尙ガリラヤに留り給ふ。
10 而して兄弟たちの、祭にのぼりたる後、あらはならで潜びやかに上り給ふ。
11 祭にあたりユダヤ人らイエスを尋󠄃ねて『かれは何處に居るか』と言ふ。
12 また群衆のうちに囁く者おほくありて、或は『イエスは善き人なり』といひ、或は『いな群衆を惑はすなり』と言ふ。
13 然れどユダヤ人を懼るるに因りて誰もイエスのことを公然に言はず。
14 祭も、はや半󠄃となりし頃イエス宮にのぼりて敎へ給へば、
15 ユダヤ人あやしみて言ふ『この人は學びし事なきに、如何にして書を知るか』
16 イエス答へて言ひ給ふ『わが敎はわが敎にあらず、我を遣󠄃し給ひし者の敎なり。
17 人もし御意󠄃を行はんと欲せば、此の敎の神よりか、我が己より語るかを知らん。
18 己より語るものは己の榮光をもとむ、己を遣󠄃しし者の榮光を求むる者は眞なり、その中に不義なし。
19 モーセは汝らに律法を與へしにあらずや、然れど汝等のうちに律法を守る者なし。汝ら何ゆゑ我を殺さんとするか』
20 群衆こたふ『なんぢは惡鬼に憑かれたり、誰が汝を殺さんとするぞ』〘142㌻〙
21 イエス答へて言ひ給ふ『われ一つの業をなしたれば汝等みな怪しめり。
22 モーセは汝らに割󠄅禮を命じたり(これはモーセより起󠄃りしとにあらず、先祖より起󠄃りしなり)この故に汝ら安息日にも人に割󠄅禮を施す。
195㌻
23 モーセの律法の廢らぬために安息日に人の割󠄅禮を受くる事あらば、何ぞ安息日に人の全󠄃身を健かにせしとて我を怒るか。
24 外貌によりて裁くな、正しき審判󠄄にて審け』
25 爰にエルサレムの或る人々いふ『これは人々の殺さんとする者ならずや。
26 視よ、公然に語るに之に對して何をも言ふ者なし、司たちは此の人のキリストたるを眞に認󠄃めしならんか。
27 然れど我らは此の人の何處よりかを知る、キリストの來る時には、その何處よりかを知る者なし』
28 爰にイエス宮にて敎へつつ呼はりて言ひ給ふ『なんぢら我を知り、亦わが何處よりかを知る。されど我は己より來るにあらず、眞の者ありて我を遣󠄃し給へり。汝らは彼を知らず、
29 我は彼を知る。我は彼より出で、彼は我を遣󠄃し給ひしに因りてなり』
30 爰に人々イエスを捕へんと謀りたれど、彼の時いまだ到らぬ故に手出する者なかりき。
31 斯て群衆のうち多くの人々イエスを信じて『キリスト來るとも、此の人の行ひしより多く徴を行はんや』と言ふ。
32 イエスにつきて群衆のかく囁くことパリサイ人の耳に入りたれば、祭司長・パリサイ人ら彼を捕へんとて下役どもを遣󠄃ししに、
33 イエス言ひ給ふ『我なほ暫く汝らと偕に居り、而してのち我を遣󠄃し給ひし者の御許に徃く。
34 汝ら我を尋󠄃ねん、されど逢はざるべし、汝等わが居る處に徃くこと能はず』
35 爰にユダヤ人ら互に云ふ『この人われらの逢ひ得ぬいづこに徃かんとするか、ギリシヤ人のうちに散りをる者に徃きてギリシヤ人を敎へんとするか。
36 その言に「なんぢら我を尋󠄃ねん、然れど逢はざるべし、汝ら我がをる處に徃くこと能はず」と云へるは何ぞや』
196㌻
37 祭の終󠄃の大なる日にイエス立ちて呼はりて言ひたまふ『人もし渇かば我に來りて飮め。
38 我を信ずる者は、聖󠄄書に云へるごとく、その腹より活ける水、川となりて流れ出づべし』
39 これは彼を信ずる者の受けんとする御靈を指して言ひ給ひしなり。イエス未だ榮光を受け給はざれば、御靈いまだ降らざりしなり。
40 此等の言をききて群衆のうちの或人は『これ眞にかの預言者なり』といひ、
41 或人は『これキリストなり』と言ひ、又󠄂ある人は『キリスト爭でガリラヤより出でんや、〘143㌻〙
42 聖󠄄書にキリストはダビデの裔またダビデの居りし村ベツレヘムより出づと云へるならずや』と言ふ。
43 斯くイエスの事によりて、群衆のうちに紛爭おこりたり。
44 その中には、イエスを捕へんと欲する者もありしが、手出する者なかりき。
45 而して下役ども、祭司長・パリサイ人らの許に歸りたれば、彼ら問ふ『なに故かれを曵き來らぬか』
46 下役ども答ふ『この人の語るごとく語りし人は未だなし』
47 パリサイ人等これに答ふ『なんぢらも惑されしか、
48 司たち又󠄂はパリサイ人のうちに一人だに彼を信ぜし者ありや、
49 律法を知らぬこの群衆は詛はれたる者なり』
50 彼等のうちの一人にて最にイエスの許に來りしニコデモ言ふ、
51 『われらの律法は先その人に聽き、その爲すところを知るにあらずば、審く事をせんや』
52 かれら答へて言ふ『なんぢもガリラヤより出でしか、査べ見よ、預言者はガリラヤより起󠄃る事なし』
53 〔《[*]》斯くておのおの己が家に歸れり。[*異本七章五三より八章一一までを缺く。]
197㌻
第8章
1 イエス、オリブ山にゆき給ふ。
2 夜明ごろ、また宮に入りしに、民みな御許に來りたれば、坐して敎へ給ふ。
3 爰に學者・パリサイ人ら、姦淫のとき捕へられたる女を連れきたり、眞中に立ててイエスに言ふ、
4 『師よ、この女は姦淫のをり、そのまま捕へられたるなり。
5 モーセは律法に、斯る者を石にて擊つべき事を我らに命じたるが、汝は如何に言ふか』
6 斯く云へるはイエスを試みて訴ふる種を得んとてなり。イエス身を屈め、指にて地に物書き給ふ。
7 かれら問ひて止まざれば、イエス身を起󠄃して『なんぢらの中、罪なき者まづ石を擲て』と言ひ、
8 また身を屈めて地に物書きたまふ。
9 彼等これを聞きて良心に責められ、老人をはじめ若き者まで一人一人いでゆき、唯イエスと中に立てる女とのみ遺󠄃れり。
10 イエス身を起󠄃して、女のほかに誰も居らぬを見て言ひ給ふ『をんなよ、汝を訴へたる者どもは何處にをるぞ、汝を罪する者なきか』
11 女いふ『主よ、誰もなし』イエス言ひ給ふ『われも汝を罪せじ、徃け、この後ふたたび罪を犯すな』〕
12 斯てイエスまた人々に語りて言ひ給ふ『われは世の光なり、我に從ふ者は暗󠄃き中を步まず、生命の光を得べし』
13 パリサイ人ら言ふ『なんぢは己につきて證す、なんぢの證は眞ならず』
14 イエス答へて言ひ給ふ『われ自ら己につきて證すとも我が證は眞なり、我は何處より來り何處に徃くを知る故なり。汝らは我が何處より來り、何處に徃くを知らず、〘144㌻〙
15 なんぢらは肉によりて審く、我は誰をも審かず。
16 されど我もし審かば、我が審判󠄄は眞なり、我は一人ならず、我と我を遣󠄃し給ひし者と偕なるに因る。
17 また汝らの律法に、二人の證は眞なりと錄されたり。
198㌻
18 我みづから己につきて證をなし、我を遣󠄃し給ひし父󠄃も我につきて證をなし給ふ』
19 ここに彼ら言ふ『なんぢの父󠄃は何處にあるか』イエス答へ給ふ『なんぢらは我をも我が父󠄃をも知らず、我を知りしならば、我が父󠄃をも知りしならん』
20 イエス宮の內にて敎へし時これらの事を賽錢函の傍らにて語り給ひしが、彼の時いまだ到らぬ故に、誰も捕ふる者なかりき。
21 斯てまた人々に言ひ給ふ『われ徃く、なんぢら我を尋󠄃ねん。されど己が罪のうちに死なん、わが徃くところに汝ら來ること能はず』
22 ユダヤ人ら言ふ『「わが徃く處に汝ら來ること能はず」と云へるは、自殺せんとてか』
23 イエス言ひ給ふ『なんぢらは下より出で、我は上より出づ、汝らは此の世より出で、我は此の世より出でず。
24 之によりて我なんぢらは己が罪のうちに死なんと云へるなり。汝等もし我の夫なるを信ぜずば、罪のうちに死ぬべし』
25 彼ら言ふ『なんぢは誰なるか』イエス言ひ給ふ『《[*]》われは正しく汝らに吿げ來りし所󠄃の者なり。[*或は「われ初より汝らにつげしに、何ぞや」と譯す。]
26 われ汝らに就きて語るべきこと審くべきこと多し、而して我を遣󠄃し給ひし者は眞なり、我は彼に聽きしその事を世に吿ぐるなり』
27 これは父󠄃をさして言ひ給へるを、彼らは悟らざりき。
28 爰にイエス言ひ給ふ『なんぢら人の子を擧げしのち、我の夫なるを知り、又󠄂わが己によりて何事をも爲さず、ただ父󠄃の我に敎へ給ひしごとく、此等のことを語りたるを知らん。
29 我を遣󠄃し給ひし者は、我とともに在す。我つねに御意󠄃に適󠄄ふことを行ふによりて、我を獨おき給はず』
30 此等のことを語り給へるとき、多くの人々イエスを信じたり。
31 爰にイエス己を信じたるユダヤ人に言ひたまふ『汝等もし常に我が言に居らば、眞にわが弟子なり。
32 また眞理を知らん、而して眞理は汝らに自由を得さすべし』
199㌻
33 かれら答ふ『われはアブラハムの裔にして未だ人の奴隷となりし事なし。如何なれば「なんぢら自由を得べし」と言ふか』
34 イエス答へ給ふ『まことに誠に汝らに吿ぐ、すべて罪を犯す者は罪の奴隷なり。〘145㌻〙
35 奴隷はとこしへに家に居らず、子は永遠󠄄に居るなり。
36 この故に子もし汝らに自由を得させば、汝ら實に自由とならん。
37 我は汝らがアブラハムの裔なるを知る、されど我が言なんぢらの衷に《[*]》留らぬ故に、我を殺さんと謀る。[*或は「そだたぬ」と譯す。]
38 我は《[*]》わが父󠄃の許にて見しことを語り、汝らは又󠄂なんぢらの父󠄃より聞きしことを行ふ』[*或は「我、父󠄃の許にて見しことを語れば、汝ら父󠄃より聞きし事を行へ」と譯す。]
39 かれら答へて言ふ『われらの父󠄃はアブラハムなり』イエス言ひ給ふ『もしアブラハムの子ならば、アブラハムの業を《[*]》なさん。[*異本「なせ」とあり。]
40 然るに汝らは今、神より聽きたる眞理を汝らに吿ぐる者なる我を殺さんと謀る。アブラハムは斯ることを爲さざりき。
41 汝らは汝らの父󠄃の業を爲すなり』かれら言ふ『われら淫行によりて生れず、我らの父󠄃はただ一人、即ち神なり』
42 イエス言ひたまふ『神もし汝らの父󠄃ならば、汝ら我を愛せん、われ神より出でて來ればなり。我は己より來るにあらず、神われを遣󠄃し給へり。
43 何故わが語ることを悟らぬか、是わが言をきくこと能はぬに因る。
44 汝らは己が父󠄃、惡魔󠄃より出でて己が父󠄃の慾を行はんことを望󠄇む。彼は最初より人殺なり、また眞その中になき故に眞に立たず、彼は虛僞をかたる每に己より語る、それは虛僞者にして《[*]》虛僞の父󠄃なればなり。[*或は「虛僞者の父󠄃」と譯す。]
45 然るに我は眞を吿ぐるによりて、汝ら我を信ぜず、
46 汝等のうち誰か我を罪ありとして責め得る。われ眞を吿ぐるに、我を信ぜぬは何故ぞ。
47 神より出づる者は神の言をきく、汝らの聽かぬは神より出でぬに因る』
200㌻
48 ユダヤ人こたへて言ふ『なんぢはサマリヤ人にて惡鬼に憑かれたる者なりと、我らが云へるは宜ならずや』
49 イエス答へ給ふ『われは惡鬼に憑かれず、反つて我が父󠄃を敬ふ、なんぢらは我を輕んず。
50 我はおのれの榮光を求めず、之を求め、かつ審判󠄄し給ふ者あり。
51 誠にまことに汝らに吿ぐ、人もし我が言を守らば、永遠󠄄に死を見ざるべし』
52 ユダヤ人いふ『今ぞ、なんぢが惡鬼に憑かれたるを知る。アブラハムも預言者たちも死にたり、然るに汝は「人もし我が言を守らば、永遠󠄄に死を味はざるべし」と云ふ。
53 汝われらの父󠄃アブラハムよりも大なるか、彼は死に、預言者たちも死にたり、汝はおのれを誰とするか』
54 イエス答へたまふ『我もし己に榮光を歸せば、我が榮光は空󠄃し。我に榮光を歸する者は我が父󠄃なり、即ち汝らが己の神と稱ふる者なり。
55 然るに汝らは彼を知らず、我は彼を知る。もし彼を知らずと言はば、汝らの如く僞者たるべし。然れど我は彼を知り、且その御言を守る。〘146㌻〙
56 汝らの父󠄃アブラハムは、我が日を見んとて樂しみ且これを見て喜べり』
57 ユダヤ人いふ『なんぢ未だ五十歳にもならぬにアブラハムを見しか』
58 イエス言ひ給ふ『まことに誠に汝らに吿ぐ、アブラハムの生れいでぬ前󠄃より我は在るなり』
59 爰に彼ら石をとりてイエスに擲たんと爲たるに、イエス隱れて宮を出で給へり。
第9章
1 イエス途󠄃徃くとき、生れながらの盲人を見給ひたれば、
2 弟子たち問ひて言ふ『ラビ、この人の盲目にて生れしは、誰の罪によるぞ、己のか、親のか』
3 イエス答へ給ふ『この人の罪にも親の罪にもあらず、ただ彼の上に神の業の顯れん爲なり。
4 我を遣󠄃し給ひし者の業を我ら晝の間になさざる可からず。夜きたらん、その時は誰も働くこと能はず。
201㌻
5 われ世にをる間は世の光なり』
6 かく言ひて地に唾し、唾にて泥をつくり、之を盲人の目にぬりて言ひ給ふ、
7 『ゆきてシロアム(釋けば遣󠄃されたる者)の池にて洗へ』乃ちゆきて洗ひたれば、見ゆることを得て歸れり。
8 ここに隣人および前󠄃に彼の乞食󠄃なるを見し者ども言ふ『この人は坐して物乞ひゐたるにあらずや』
9 或人は『夫なり』といひ、或人は『否、ただ似たるなり』といふ。かの者『われは夫なり』と言ひたれば、
10 人々いふ『さらば汝の目は如何にして開きたるか』
11 答ふ『イエスといふ人、泥をつくり我が目に塗りて言ふ「シロアムに徃きて洗へ」と、乃ち徃きて洗ひたれば、物見ることを得たり』
12 彼ら『その人は何處に居るか』と言へば『知らず』と答ふ。
13 人々さきに盲目なりし者をパリサイ人らの許に連れきたる。
14 イエスの泥をつくりて其の人の目をあけし日は安息日なりき。
15 パリサイ人らも亦いかにして物見ることを得しかと問ひたれば、彼いふ『かの人わが目に泥をぬり、我これを洗ひて見ゆることを得たり』
16 パリサイ人の中なる或人は『かの人、安息日を守らぬ故に、神より出でし者にあらず』と言ひ、或人は『罪ある人いかで斯る徴をなし得んや』と言ひて互に相爭ひたり。
17 爰にまた盲目なりし人に言ふ『なんぢの目をあけしに因り、汝は彼に就きて如何にいふか』彼いふ『預言者なり』〘147㌻〙
18 ユダヤ人ら彼が盲目なりしに見ゆるやうになりしことを未だ信ぜずして、目の開きたる人の兩親を呼び、
19 問ひて言ふ『これは盲目にて生れしと言ふ汝らの子なりや、然らば今いかにして見ゆるか』
20 兩親こたへて言ふ『かれの我が子なることと盲目にて生れたる事とを知る。
21 されど今いかにして見ゆるかを知らず、又󠄂その目をあけしは誰なるか、我らは知らず、彼に問へ、年長けたれば自ら己がことを語らん』
202㌻
22 兩親のかく言ひしは、ユダヤ人を懼れたるなり。ユダヤ人ら相議りて『若しイエスをキリストと言ひ顯す者あらば、除名すべし』と定めたるに因る。
23 兩親の『かれ年長けたれば彼に問へ』と云へるは、此の故なり。
24 かれら盲目なりし人を再び呼びて言ふ『神に榮光を歸せよ、我等はかの人の罪人たるを知る』
25 答ふ『かれ罪人なるか、我は知らず、ただ一つの事をしる、即ち我さきに盲目たりしが、今見ゆることを得たる是なり』
26 彼ら言ふ『かれは汝に何をなししか、如何にして目をあけしか』
27 答ふ『われ旣に汝らに吿げたれど聽かざりき。何ぞまた聽かんとするか、汝らもその弟子とならんことを望󠄇むか』
28 かれら罵りて言ふ『なんぢは其の弟子なり、我等モーセの弟子なり。
29 モーセに神の語り給ひしことを知れど、此の人の何處よりかを知らず』
30 答へて言ふ『その何處よりかを知らずとは怪しき事なり、彼わが目をあけしに。
31 神は罪人に聽き給はねど、敬虔にして御意󠄃をおこなふ人に聽き給ふことを我らは知る。
32 世の太初より、盲目にて生れし者の目をあけし人あるを聞きし事なし。
33 かの人もし神より出でずば、何事をも爲し得ざらん』
34 かれら答へて『なんぢ全󠄃く罪のうちに生れながら、我らを敎ふるか』と言ひて、遂󠄅に彼を追󠄃ひ出せり。
35 イエスその追󠄃ひ出されしことを聞き、彼に逢ひて言ひ給ふ『なんぢ人の子を信ずるか』
36 答へて言ふ『主よ、それは誰なる乎、われ信ぜまほし』
37 イエス言ひ給ふ『なんぢ彼を見たり、汝と語る者は夫なり』
38 爰に、彼『主よ、我は信ず』といひて拜せり。
39 イエス言ひ給ふ『われ審判󠄄の爲にこの世に來れり。見えぬ人は見え、見ゆる人は盲目とならん爲なり』
203㌻
40 パリサイ人の中イエスと共に居りし者、これを聞きて言ふ『我らも盲目なるか』
41 イエス言ひ給ふ『もし盲目なりしならば、罪なかりしならん、然れど見ゆと言ふ汝らの罪は遺󠄃れり』〘148㌻〙
第10章
1 『まことに誠に汝らに吿ぐ、羊の檻に門より入らずして、他より越ゆる者は、盜人なり、强盜なり。
2 門より入る者は、羊の牧者なり。
3 門守は彼のために開き、羊はその聲をきき、彼は己の羊の名を呼びて牽きいだす。
4 悉とく其の羊をいだしし時、これに先だちゆく、羊その聲を知るによりて從ふなり。
5 他の者には從はず、反つて逃󠄄ぐ、他の者どもの聲を知らぬ故なり』
6 イエスこの譬を言ひ給へど、彼らその何事をかたり給ふかを知らざりき。
7 この故にイエス復いひ給ふ『まことに誠に汝らに吿ぐ、我は羊の門なり。
8 すべて我より前󠄃に來りし者は、盜人なり、强盜なり、羊は之に聽かざりき。
9 我は門なり、おほよそ我によりて入る者は救はれ、かつ出入をなし、草を得べし。
10 盜人のきたるは盜み、殺し、亡さんとするの他なし。わが來るは羊に生命を得しめ、かつ豐に得しめん爲なり。
11 我は善き牧者なり、善き牧者は羊のために生命を捨つ。
12 牧者ならず、羊も己がものならぬ雇人は、豺狼のきたるを見れば羊を棄てて逃󠄄ぐ、――豺狼は羊をうばひ且ちらす――
13 彼は雇人にてその羊を顧󠄃みぬ故なり。
14 我は善き牧者にして、我がものを知り、我がものは我を知る、
15 父󠄃の我を知り、我の父󠄃を知るが如し、我は羊のために生命を捨つ。
16 我には亦この檻のものならぬ他の羊あり、之をも導󠄃かざるを得ず、彼らは我が聲をきかん、遂󠄅に一つの群ひとりの牧者となるべし。
17 之によりて父󠄃は我を愛し給ふ、それは我ふたたび生命を得んために生命を捨つる故なり。
204㌻
18 人これを我より取るにあらず、我みづから捨つるなり。我は之をすつる權あり、復これを得る權あり、我この命令をわが父󠄃より受けたり』
19 これらの言によりて復ユダヤ人のうちに紛爭おこり、
20 その中なる多くの者いふ『かれは惡鬼に憑かれて氣狂へり、何ぞ之にきくか』
21 他の者ども言ふ『これは惡鬼に憑かれたる者の言にあらず、惡鬼は盲人の目をあけ得んや』
22 その頃エルサレムに宮潔󠄄の祭あり、時は冬なり。
23 イエス宮の內、ソロモンの廊を步みたまふに、
24 ユダヤ人ら之を取圍みて言ふ『何時まで我らの心を惑しむるか、汝キリストならば明白に吿げよ』
25 イエス答へ給ふ『われ旣に吿げたれど汝ら信ぜず、わが父󠄃の名によりて行ふわざは、我に就きて證す。
26 されど汝らは信ぜず、我が羊ならぬ故なり。〘149㌻〙
27 わが羊はわが聲をきき、我は彼らを知り、彼らは我に從ふ。
28 我かれらに永遠󠄄の生命を與ふれば、彼らは永遠󠄄に亡ぶることなく、又󠄂かれらを我が手より奪ふ者あらじ。
29 彼ら《[*]》を我にあたへ給ひし我が父󠄃は、一切のものよりも大なれば、誰にても父󠄃の御手よりは奪ふこと能はず。[*異本「わが父󠄃の我に與へ給ひし者は、一切のものよりも大なり」とあり。]
30 我と父󠄃とは一つなり』
31 ユダヤ人また石を取りあげてイエスを擊たんとす。
32 イエス答へ給ふ『われは父󠄃によりて多くの善き業を汝らに示したり、その孰の業ゆゑに我を石にて擊たんとするか』
33 ユダヤ人こたふ『なんぢを石にて擊つは善きわざの故ならず、瀆言の故にして、汝人なるに己を神とする故なり』
34 イエス答へ給ふ『なんぢらの律法に「われ言ふ、汝らは神なり」と錄されたるに非ずや。
35 かく神の言を賜はりし人々を神と云へり。聖󠄄書は廢るべきにあらず、
205㌻
36 然るに父󠄃の潔󠄄め別ちて世に遣󠄃し給ひし者が「われは神の子なり」と言へばとて、何ぞ「瀆言を言ふ」といふか。
37 我もし我が父󠄃のわざを行はずば我を信ずな、
38 もし行はば假令われを信ぜずとも、その業を信ぜよ。然らば父󠄃の我にをり、我の父󠄃に居ることを知りて悟らん』
39 かれら復イエスを捕へんとせしが、その手より脫󠄁れて去り給へり。
40 斯てイエス復ヨルダンの彼方、ヨハネの最初にバプテスマを施したる處にいたり、其處にとどまり給ひしが、
41 多くの人みもとに來りて『ヨハネは何の徴をも行はざりしかど、この人に就きてヨハネの言ひし事は、ことごとく眞なりき』と言ふ。
42 而して多くの人、かしこにてイエスを信じたり。
第11章
1 爰に病める者あり、ラザロと云ふ、マリヤとその姉妹マルタとの村ベタニヤの人なり。
2 此のマリヤは主に香油をぬり、頭髮にて御足を拭ひし者にして、病めるラザロはその兄弟なり。
3 姉妹ら人をイエスに遣󠄃して『主、視よ、なんぢの愛し給ふもの病めり』と言はしむ。
4 之を聞きてイエス言ひ給ふ『この病は死に至らず、神の榮光のため、神の子のこれに由りて榮光を受けんためなり』
5 イエスはマルタと、その姉妹と、ラザロとを愛し給へり。
6 ラザロの病みたるを聞きて、その居給ひし處になほ二日留り、
7 而してのち弟子たちに言ひ給ふ『われら復ユダヤに徃くべし』
8 弟子たち言ふ『ラビ、この程もユダヤ人、なんぢを石にて擊たんとせしに、復かしこに徃き給ふか』〘150㌻〙
9 イエス答へたまふ『一日に十二時あるならずや、人もし晝あるかば、此の世の光を見るゆゑに躓くことなし。
10 夜あるかば、光その人になき故に躓くなり』
11 かく言ひて復その後いひ給ふ『われらの友ラザロ眠れり、されど我よび起󠄃さん爲に徃くなり』
206㌻
12 弟子たち言ふ『主よ、眠れるならば癒󠄄ゆべし』
13 イエスは彼が死にたることを言ひ給ひしなれど、弟子たちは寢ねて眠れるを言ひ給ふと思へるなり。
14 爰にイエス明白に言ひ給ふ『ラザロは死にたり。
15 我かしこに居らざりし事を汝等のために喜ぶ、汝等をして信ぜしめんとてなり。然れど我ら今その許に徃くべし』
16 デドモと稱ふるトマス、他の弟子たちに言ふ『われらも徃きて彼と共に死ぬべし』
17 さてイエス來り見給へば、ラザロの墓にあること、旣に四日なりき。
18 ベタニヤはエルサレムに近󠄃くして、二十五丁ばかりの距離なるが、
19 數多のユダヤ人、マルタとマリヤとをその兄弟の事につき慰めんとて來れり。
20 マルタはイエス來給ふと聞きて出で迎󠄃へたれど、マリヤはなほ家に坐し居たり。
21 マルタ、イエスに言ふ『主よ、もし此處に在ししならば、我が兄弟は死なざりしものを。
22 されど今にても我は知る、何事を神に願ひ給ふとも、神は與へ給はん』
23 イエス言ひ給ふ『なんぢの兄弟は甦へるべし』
24 マルタ言ふ『をはりの日、復活のときに甦へるべきを知る』
25 イエス言ひ給ふ『我は復活なり、生命なり、我を信ずる者は死ぬとも生きん。
26 凡そ生きて我を信ずる者は、永遠󠄄に死なざるべし。汝これを信ずるか』
27 彼いふ『主よ然り、我なんぢは世に來るべきキリスト、神の子なりと信ず』
28 かく言ひて後ゆきて竊にその姉妹マリヤを呼びて『師きたりて汝を呼びたまふ』と言ふ。
29 マリヤ之をきき、急󠄃ぎ起󠄃ちて御許に徃けり。
30 イエスは未だ村に入らず、尙マルタの迎󠄃へし處に居給ふ。
207㌻
31 マリヤと共に家に居りて慰め居たるユダヤ人、その急󠄃ぎ立ちて出でゆくを見、かれは歎かんとて墓に徃くと思ひて後に隨へり。
32 斯てマリヤ、イエスの居給ふ處にいたり、之を見てその足下に伏し『主よ、もし此處に在ししならば、我が兄弟は死なざりしものを』と言ふ。
33 イエスかれが泣き居り、共に來りしユダヤ人も泣き居るを見て、心を傷め悲しみて言ひ給ふ、
34 『かれを何處に置きしか』彼ら言ふ『主よ、來りて見給へ』
35 イエス淚をながし給ふ。〘151㌻〙
36 爰にユダヤ人ら言ふ『視よ、いかばかり彼を愛せしぞや』
37 その中の或者ども言ふ『盲人の目をあけし此の人にして、彼を死なざらしむること能はざりしか』
38 イエスまた心を傷めつつ墓にいたり給ふ。墓は洞にして石を置きて塞げり。
39 イエス言ひ給ふ『石を除けよ』死にし人の姉妹マルタ言ふ『主よ、彼ははや臭し、四日を經たればなり』
40 イエス言ひ給ふ『われ汝に、もし信ぜば神の榮光を見んと言ひしにあらずや』
41 ここに人々、石を除けたり。イエス目を擧げて言ひたまふ『父󠄃よ、我にきき給ひしを謝す。
42 常にきき給ふを我は知る。然るに斯く言ふは、傍らに立つ群衆の爲にして、汝の我を遣󠄃し給ひしことを之に信ぜしめんとてなり』
43 斯く言ひてのち、聲高く『ラザロよ、出で來たれ』と呼はり給へば、
44 死にしもの布にて足と手とを卷かれたるまま出で來る、顏も手拭にて包まれたり。イエス『これを解きて徃かしめよ』と言ひ給ふ。
45 斯てマリヤの許に來りて、イエスの爲し給ひし事を見たる多くのユダヤ人、かれを信じたりしが、
46 或者はパリサイ人に徃きて、イエスの爲し給ひし事を吿げたり。
208㌻
47 ここに祭司長・パリサイ人ら議會を開きて言ふ『われら如何に爲すべきか、此の人おほくの徴を行ふなり。
48 もし彼をこのまま捨ておかば、人々みな彼を信ぜん、而してロマ人きたりて、我らの土地と國人とを奪はん』
49 その中の一人にて此の年の大祭司なるカヤパ言ふ『なんぢら何をも知らず。
50 ひとりの人、民のために死にて、國人すべての滅びぬは、汝らの益なるを思はぬなり』
51 これは己より云へるに非ず、この年の大祭司なれば、イエスの國人のため、
52 又󠄂ただに國人の爲のみならず、散りたる神の子らを一つに集めん爲に死に給ふことを預言したるなり。
53 彼等この日よりイエスを殺さんと議れり。
54 されば此の後イエス顯にユダヤ人のなかを步み給はず、此處を去りて荒野にちかき處なるエフライムといふ町に徃き、弟子たちと偕に其處に留りたまふ。
55 ユダヤ人の過󠄃越の祭近󠄃づきたれば、多くの人々身を潔󠄄めんとて、祭のまへに田舍よりエルサレムに上れり。
56 彼らイエスをたづね、宮に立ちて互に言ふ『なんぢら如何に思ふか、彼は祭に來らぬか』
57 祭司長・パリサイ人らは、イエスを捕へんとて、その在處を知る者あらば、吿げ出づべく預て命令したりしなり。〘152㌻〙
第12章
1 過󠄃越の祭の六日前󠄃に、イエス、ベタニヤに來り給ふ、ここは死人の中より甦へらせ給ひしラザロの居る處なり。
2 此處にてイエスのために饗宴を設け、マルタは事へ、ラザロはイエスと共に席に著ける者の中にあり。
3 マリヤは價高き混りなきナルドの香油一斤を持ち來りて、イエスの御足にぬり、己が頭髮にて御足を拭ひしに、香油のかをり家に滿ちたり。
4 御弟子の一人にてイエスを賣らんとするイスカリオテのユダ言ふ、
209㌻
5 『何ぞこの香油を三百デナリに賣りて貧󠄃しき者に施さざる』
6 かく云へるは貧󠄃しき者を思ふ故にあらず、おのれ盜人にして財嚢を預り、その中に納󠄃むる物を掠めゐたればなり。
7 イエス言ひ給ふ『この女の爲すに任せよ、我が葬りの日のために之を貯へたるなり。
8 貧󠄃しき者は常に汝らと偕に居れども、我は常に居らぬなり』
9 ユダヤの多くの民ども、イエスの此處に居給ふことを知りて來る、これはイエスの爲のみにあらず、死人の中より甦へらせ給ひしラザロを見んとてなり。
10 斯て祭司長ら、ラザロをも殺さんと議る。
11 彼のために多くのユダヤ人さり徃きてイエスを信ぜし故なり。
12 明くる日、祭に來りし多くの民ども、イエスのエルサレムに來り給ふをきき、
13 棕梠の枝をとりて出で迎󠄃へ、『「ホサナ、讃むべきかな、主の御名によりて來る者」イスラエルの王』と呼はる。
14 イエスは小驢馬を得て之に乘り給ふ。これは錄して、
15 『シオンの娘よ、懼るな。視よ、なんぢの王は驢馬の子に乘りて來り給ふ』と有るが如し。
16 弟子たちは最初これらの事を悟らざりしが、イエスの榮光を受け給ひし後に、これらの事のイエスに就きて錄されたると、人々が斯く爲ししとを思ひ出せり。
17 ラザロを墓より呼び起󠄃し、死人の中より甦へらせ給ひし時に、イエスと偕に居りし群衆、證をなせり。
18 群衆のイエスを迎󠄃へたるは、斯る徴を行ひ給ひしことを聞きたるに因りてなり。
19 パリサイ人ら互に言ふ『見るべし、汝らの謀ることの益なきを。視よ、世は彼に從へり』
210㌻
20 禮拜せんとて祭に上りたる者の中に、ギリシヤ人數人ありしが、
21 ガリラヤなるベツサイダのピリポに來り、請󠄃ひて言ふ『君よ、われらイエスに謁えんことを願ふ』
22 ピリポ徃きてアンデレに吿げ、アンデレとピリポと共に徃きてイエスに吿ぐ。
23 イエス答へて言ひ給ふ『人の子の榮光を受くべき時きたれり。〘153㌻〙
24 誠にまことに汝らに吿ぐ、一粒の麥、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし。
25 己が生命を愛する者は、これを失ひ、この世にてその生命を憎む者は、之を保ちて永遠󠄄の生命に至るべし。
26 人もし我に事へんとせば、我に從へ、わが居る處に我に事ふる者もまた居るべし。人もし我に事ふることをせば、我が父󠄃これを貴び給はん。
27 今わが心騷ぐ、我なにを言ふべきか。父󠄃よ、この時より我を《[*]》救ひ給へ、されど我この爲にこの時に到れり。[*或は「救ひ給へといふべきか」と譯す。]
28 父󠄃よ、御名の榮光をあらはし給へ』爰に天より聲いでて言ふ『われ旣に榮光をあらはしたり、復さらに顯さん』
29 傍らに立てる群衆これを聞きて『雷霆鳴れり』と言ひ、ある人々は『御使かれに語れるなり』と言ふ。
30 イエス答へて言ひ給ふ『この聲の來りしは、我が爲にあらず、汝らの爲なり。
31 今この世の審判󠄄は來れり、今この世の君は逐󠄃ひ出さるべし。
32 我もし地より擧げられなば、凡ての人をわが許に引きよせん』
33 かく言ひて、己が如何なる死にて死ぬるかを示し給へり。
34 群衆こたふ『われら律法によりて、キリストは永遠󠄄に存へ給ふと聞きたるに、汝いかなれば人の子は擧げらるべしと言ふか、その人の子とは誰なるか』
35 イエス言ひ給ふ『なほ暫し光は汝らの中にあり、光のある間に步みて暗󠄃黑に追󠄃及かれぬやうに爲よ、暗󠄃き中を步む者は徃方を知らず。
211㌻
36 光の子とならんために光のある間に光を信ぜよ』
イエス此等のことを語りてのち、彼らを避󠄃けて隱れ給へり。
37 かく多くの徴を人々の前󠄃におこなひ給ひたれど、なほ彼を信ぜざりき。
38 これ預言者イザヤの言の成就せん爲なり。曰く 『主よ、我らに聞きたる言を誰か信ぜし。 主の御腕は誰に顯れし』
39 彼らが信じ得ざりしは此の故なり。即ちイザヤまた云へらく、
40 『彼らの眼を暗󠄃くし、心を頑固にし給へり。 これ目にて見、心にて悟り、 飜へりて、 我に醫さるる事なからん爲なり』
41 イザヤの斯く云へるは、その榮光を見し故にて、イエスに就きて語りしなり。
42 されど司たちの中にもイエスを信じたるもの多かりしが、パリサイ人の故によりて言ひ顯すことを爲ざりき、除名せられん事を恐れたるなり。〘154㌻〙
43 彼らは神の譽よりも人の譽を愛でしなり。
44 イエス呼はりて言ひ給ふ『われを信ずる者は我を信ずるにあらず、我を遣󠄃し給ひし者を信じ、
45 我を見る者は我を遣󠄃し給ひし者を見るなり。
46 我は光として世に來れり、すべて我を信ずる者の暗󠄃黑に居らざらん爲なり。
47 人たとひ我が言をききて守らずとも、我は之を審かず。夫わが來りしは世を審かん爲にあらず、世を救はん爲なり。
48 我を棄て、我が言を受けぬ者を審く者あり、わが語れる言こそ終󠄃の日に之を審くなれ。
49 我はおのれに由りて語れるにあらず、我を遣󠄃し給ひし父󠄃みづから我が言ふべきこと、語るべきことを命じ給ひし故なり。
50 我その命令の永遠󠄄の生命たるを知る。されば我は語るに、我が父󠄃の我に言ひ給ふままを語るなり』
第13章
1 過󠄃越のまつりの前󠄃に、イエスこの世を去りて父󠄃に徃くべき己が時の來れるを知り、世に在る己の者を愛して極まで之を愛し給へり。
212㌻
2 夕餐󠄃のとき惡魔󠄃、早くもシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを賣らんとする思を入れたるが、
3 イエス父󠄃が萬物をおのが手にゆだね給ひしことと、己の神より出でて神に到ることを知り、
4 夕餐󠄃より起󠄃ちて上衣をぬぎ、手巾をとりて腰にまとひ、
5 尋󠄃で盥に水をいれて、弟子たちの足をあらひ、纒ひたる手巾にて之を拭ひはじめ給ふ。
6 斯てシモン・ペテロに至り給へば、彼いふ『主よ、汝わが足を洗ひ給ふか』
7 イエス答へて言ひ給ふ『わが爲すことを汝いまは知らず、後に悟るべし』
8 ペテロ言ふ『永遠󠄄に我が足をあらひ給はざれ』イエス答へ給ふ『我もし汝を洗はずば、汝われと關係なし』
9 シモン・ペテロ言ふ『主よ、わが足のみならず、手をも頭をも』
10 イエス言ひ給ふ『すでに浴したる者は足のほか洗ふを要󠄃せず、全󠄃身きよきなり。斯く汝らは潔󠄄し、されど悉とくは然らず』
11 これ己を賣る者の誰なるを知りたまふ故に『ことごとくは潔󠄄からず』と言ひ給ひしなり。
12 彼らの足をあらひ、己が上衣をとり、再び席につきて後いひ給ふ『わが汝らに爲したることを知るか。
13 なんぢら我を師また主ととなふ、然か言ふは宜なり、我は是なり。
14 我は主また師なるに、尙なんぢらの足を洗ひたれば、汝らも互に足を洗ふべきなり。
15 われ汝らに模範を示せり、わが爲ししごとく、汝らも爲さんためなり。〘155㌻〙
16 誠にまことに汝らに吿ぐ、僕はその主よりも大ならず。遣󠄃されたる者は之を遣󠄃す者よりも大ならず。
17 汝等これらの事を知りて之を行はば幸福なり。
18 これ汝ら凡ての者につきて言ふにあらず、我はわが選󠄄びたる者どもを知る。されど聖󠄄書に「我とともにパンを食󠄃ふ者、われに向ひて踵を擧げたり」と云へることは、必ず成就すべきなり。
213㌻
19 今その事の成らぬ前󠄃に之を汝らに吿ぐ、事の成らん時、わが夫なるを汝らの信ぜんためなり。
20 誠にまことに汝らに吿ぐ、わが遣󠄃す者を受くる者は我をうくるなり。我を受くる者は我を遣󠄃し給ひし者を受くるなり』
21 イエス此等のことを言ひ終󠄃へて、心さわぎ證をなして言ひ給ふ『まことに誠に汝らに吿ぐ、汝らの中の一人われを賣らん』
22 弟子たち互に顏を見合せ、誰につきて言ひ給ふかを訝る。
23 イエスの愛したまふ一人の弟子、イエスの御胸によりそひ居たれば、
24 シモン・ペテロ首にて示し『誰のことを言ひ給ふか、吿げよ』といふ。
25 彼そのまま御胸によりかかりて『主よ、誰なるか』と言ひしに、
26 イエス答へ給ふ『わが一撮の食󠄃物を浸して與ふる者は夫なり』斯て一撮の食󠄃物を浸してシモンの子イスカリオテのユダに與へたまふ。
27 ユダ一撮の食󠄃物を受くるや、惡魔󠄃かれに入りたり。イエス彼に言ひたまふ『なんぢが爲すことを速󠄃かに爲せ』
28 席に著きゐたる者は一人として何故かく言ひ給ふかを知らず。
29 ある人々はユダが財嚢を預るによりて『祭のために要󠄃する物を買へ』とイエスの言ひ給へるか、また貧󠄃しき者に何か施さしめ給ふならんと思へり。
30 ユダ一撮の食󠄃物を受くるや、直ちに出づ、時は夜なりき。
31 ユダの出でし後、イエス言ひ給ふ『今や人の子、榮光をうく、神も彼によりて榮光をうけ給ふ。
32 神かれに由りて榮光をうけ給はば、神も己によりて彼に榮光を與へ給はん、直ちに與へ給ふべし。
33 若子よ、我なほ暫く汝らと偕にあり、汝らは我を尋󠄃ねん、然れど曾てユダヤ人に「なんぢらは我が徃く處に來ること能はず」と言ひし如く今、汝らにも然か言ふなり。
214㌻
34 われ新しき誡命を汝らに與ふ、なんぢら相愛すべし。わが汝らを愛せしごとく、汝らも相愛すべし。
35 互に相愛する事をせば、之によりて人みな汝らの我が弟子たるを知らん』
36 シモン・ペテロ言ふ『主よ、何處にゆき給ふか』イエス答へ給ふ『わが徃く處に、なんぢ今は從ふこと能はず。されど後に從はん』〘156㌻〙
37 ペテロ言ふ『主よ、いま從ふこと能はぬは何故ぞ、我は汝のために生命を棄てん』
38 イエス答へ給ふ『なんぢ我がために生命を棄つるか、誠にまことに汝に吿ぐ、なんぢ三度われを否むまでは、鷄鳴かざるべし』
第14章
1 『なんぢら心を騷がすな、神を信じ、また我を信ぜよ。
2 わが父󠄃の家には住󠄃處おほし、然らずば我かねて汝らに吿げしならん。われ汝等のために處を備へに徃く。
3 もし徃きて汝らの爲に處を備へば、復きたりて汝らを我がもとに迎󠄃へん、わが居るところに汝らも居らん爲なり。
4 汝らは我が徃くところに至る道󠄃を知る』
5 トマス言ふ『主よ、何處にゆき給ふかを知らず、爭でその道󠄃を知らんや』
6 イエス彼に言ひ給ふ『われは道󠄃なり、眞理なり、生命なり、我に由らでは誰にても父󠄃の御許にいたる者なし。
7 汝等もし我を知りたらば我が父󠄃をも知りしならん。今より汝ら之を知る、旣に之を見たり』
8 ピリポ言ふ『主よ、父󠄃を我らに示し給へ、然らば足れり』
9 イエス言ひ給ふ『ピリポ、我かく久しく汝らと偕に居りしに、我を知らぬか。我を見し者は父󠄃を見しなり、如何なれば「我らに父󠄃を示せ」と言ふか。
10 我の父󠄃に居り、父󠄃の我に居給ふことを信ぜぬか。わが汝等にいふ言は己によりて語るにあらず、父󠄃われに在して御業をおこなひ給ふなり。
215㌻
11 わが言ふことを信ぜよ、我は父󠄃にをり、父󠄃は我に居給ふなり。もし信ぜずば、我が業によりて信ぜよ。
12 誠にまことに汝らに吿ぐ、我を信ずる者は我がなす業をなさん、かつ之よりも大なる業をなすべし、われ父󠄃に徃けばなり。
13 汝らが我が名によりて願ふことは、我みな之を爲さん、父󠄃、子によりて榮光を受け給はんためなり。
14 何事にても我が名によりて我に願ば、我これを成すべし。
15 汝等もし我を愛せば、我が誡命を守らん。
16 われ父󠄃に請󠄃はん、父󠄃は他に助主をあたへて、永遠󠄄に汝らと偕に居らしめ給ふべし。
17 これは眞理の御靈なり、世はこれを受くること能はず、これを見ず、また知らぬに因る。なんぢらは之を知る、彼は汝らと偕に居り、また汝らの中に居給ふべければなり。
18 我なんぢらを遣󠄃して孤兒とはせず、汝らに來るなり。
19 暫くせば世は復われを見ず、されど汝らは我を見る、われ活くれば汝らも活くべければなり。
20 その日には、我わが父󠄃に居り、なんぢら我に居り、われ汝らに居ることを汝ら知らん。
21 わが誡命を保ちて之を守るものは、即ち我を愛する者なり。我を愛する者は我が父󠄃に愛せられん、我も之を愛し、之に己を顯すべし』〘157㌻〙
22 イスカリオテならぬユダ言ふ『主よ、何故おのれを我らに顯して、世には顯し給はぬか』
23 イエス答へて言ひ給ふ『人もし我を愛せば、わが言を守らん、わが父󠄃これを愛し、かつ我等その許に來りて住󠄃處を之とともに爲ん。
24 我を愛せぬ者は、わが言を守らず。汝らが聞くところの言は、わが言にあらず、我を遣󠄃し給ひし父󠄃の言なり。
216㌻
25 此等のことは我なんぢらと偕にありて語りしが、
26 助主、即ちわが名によりて父󠄃の遣󠄃したまふ聖󠄄靈は、汝らに萬の事ををしへ、又󠄂すべて我が汝らに言ひしことを思ひ出さしむべし。
27 われ平󠄃安を汝らに遺󠄃す、わが平󠄃安を汝らに與ふ。わが與ふるは世の與ふる如くならず、汝ら心を騷がすな、また懼るな。
28 「われ徃きて汝らに來るなり」と云ひしを汝ら旣に聞けり。もし我を愛せば父󠄃にわが徃くを喜ぶべきなり、父󠄃は我よりも大なるに因る。
29 今その事の成らぬ前󠄃に、これを汝らに吿げたり、事の成らんとき汝らの信ぜんためなり。
30 今より後われ汝らと多く語らじ、この世の君きたる故なり。彼は我に對して何の權もなし、
31 されど斯くなるは、我の、父󠄃を愛し、父󠄃の命じ給ふところに遵󠄅ひて行ふことを世の知らん爲なり。起󠄃きよ、率󠄃ここを去るべし。
第15章
1 我は眞の葡萄の樹、わが父󠄃は農夫なり。
2 おほよそ我にありて果を結ばぬ枝は、父󠄃これを除き、果を結ぶものは、いよいよ果を結ばせん爲に之を潔󠄄めたまふ。
3 汝らは旣に潔󠄄し、わが語りたる言に因りてなり。
4 我に居れ、《[*]》さらば我なんぢらに居らん。枝もし樹に居らずば、自ら果を結ぶこと能はぬごとく、汝らも我に居らずば亦然り。[*或は「また我を汝らに居らしめよ」と譯す。]
5 我は葡萄の樹、なんぢらは枝なり。人もし我にをり、我また彼にをらば、多くの果を結ぶべし。汝ら我を離るれば、何事をも爲し能はず。
6 人もし我に居らずば、枝のごとく外に棄てられて枯る、人々これを集め火に投入れて燒くなり。
7 汝等もし我に居り、わが言なんぢらに居らば、何にても望󠄇に隨ひて求めよ、然らば成らん。
8 なんぢら多くの果を結ばば、わが父󠄃は榮光を受け給ふべし、而して汝等わが弟子とならん。
9 父󠄃の我を愛し給ひしごとく、我も汝らを愛したり、わが愛に居れ。
10 なんぢら若し、わが誡命をまもらば、我が愛にをらん、我わが父󠄃の誡命を守りて、その愛に居るがごとし。〘158㌻〙
217㌻
11 我これらの事を語りたるは、我が喜悅の汝らに在り、かつ汝らの喜悅の滿されん爲なり。
12 わが誡命は是なり、わが汝らを愛せしごとく互に相愛せよ。
13 人その友のために己の生命を棄つる、之より大なる愛はなし。
14 汝等もし我が命ずる事をおこなはば、我が友なり。
15 今よりのち我なんぢらを僕といはず、僕は主人のなす事を知らざるなり。我なんぢらを友と呼べり、我が父󠄃に聽きし凡てのことを汝らに知らせたればなり。
16 汝ら我を選󠄄びしにあらず、我なんぢらを選󠄄べり。而して汝らの徃きて果を結び、且その果の殘らんために、又󠄂おほよそ我が名によりて父󠄃に求むるものを、父󠄃の賜はんために汝らを立てたり。
17 これらの事を命ずるは、汝らの互に相愛せん爲なり。
18 世もし汝らを憎まば、汝等より先に我を憎みたることを知れ。
19 汝等もし世のものならば、世は己がものを愛するならん。汝らは世のものならず、我なんぢらを世より選󠄄びたり。この故に世は汝らを憎む。
20 わが汝らに「僕はその主人より大ならず」と吿げし言をおぼえよ。人もし我を責めしならば、汝等をも責め、わが言を守りしならば、汝らの言をも守らん。
21 すべて此等のことを我が名の故に汝らに爲さん、それは我を遣󠄃し給ひし者を知らぬに因る。
22 われ來りて語らざりしならば、彼ら罪なかりしならん。されど今はその罪いひのがるべき樣なし。
23 我を憎むものは我が父󠄃をも憎むなり。
24 我もし誰もいまだ行はぬ事を彼らの中に行はざりしならば、彼ら罪なかりしならん。然れど今ははや我をも我が父󠄃をも見たり、また憎みたり。
25 これは彼らの律法に「ひとびと故なくして、我を憎めり」と錄したる言の成就せん爲なり。
218㌻
26 父󠄃の許より我が遣󠄃さんとする助主、即ち父󠄃より出づる眞理の御靈のきたらんとき、我につきて證せん。
27 汝等もまた初より我とともに在りたれば證するなり。
第16章
1 我これらの事を語りたるは、汝らの躓かざらん爲なり。
2 人なんぢらを除名すべし、然のみならず、汝らを殺す者みな自ら神に事ふと思ふとき來らん。
3 これらの事をなすは、父󠄃と我とを知らぬ故なり。
4 我これらの事を語りたるは、時いたりて我が斯く言ひしことを汝らの思ひいでん爲なり。初より此等のことを言はざりしは、我なんぢらと偕に在りし故なり。
5 今われを遣󠄃し給ひし者にゆく、然るに汝らの中、たれも我に「何處にゆく」と問ふ者なし。〘159㌻〙
6 唯これらの事を語りしによりて、憂なんぢらの心にみてり。
7 されど、われ實を汝らに吿ぐ、わが去るは汝らの益なり。我さらずば助主なんぢらに來らじ、我ゆかば之を汝らに遣󠄃さん。
8 かれ來らんとき世をして罪につき、義につき、審判󠄄につきて、過󠄃てるを認󠄃めしめん。
9 罪に就きてとは、彼ら我を信ぜぬに因りてなり。
10 義に就きてとは、われ父󠄃にゆき、汝ら今より我を見ぬに因りてなり。
11 審判󠄄に就きてとは、此の世の君さばかるるに因りてなり。
12 我なほ汝らに吿ぐべき事あまたあれど、今なんぢら得耐へず。
13 然れど彼すなはち眞理の御靈きたらん時、なんぢらを導󠄃きて眞理をことごとく悟らしめん。かれ己より語るにあらず、凡そ聞くところの事を語り、かつ來らんとする事どもを汝らに示さん。
14 彼はわが榮光を顯さん、それは我がものを受けて汝らに示すべければなり。
15 すべて父󠄃の有ち給ふものは我がものなり、此の故に我がものを受けて汝らに示さんと云へるなり。
16 暫くせば汝ら我を見ず、また暫くして我を見るべし』
17 爰に弟子たちのうち或者たがひに言ふ『「暫くせば我を見ず、また暫くして我を見るべし」と言ひ、かつ「父󠄃に徃くによりて」と言ひ給へるは、如何なることぞ』
219㌻
18 復いふ『この暫くとは如何なることぞ、我等その言ひ給ふところを知らず』
19 イエスその問はんと思へるを知りて言ひ給ふ『なんぢら「暫くせば我を見ず、また暫くして我を見るべし」と我が言ひしを尋󠄃ねあふか。
20 誠にまことに汝らに吿ぐ、なんぢらは泣き悲しみ、世は喜ばん。汝ら憂ふべし、然れどその憂は喜悅とならん。
21 をんな產まんとする時は憂あり、その期いたるに因りてなり。子を產みてのちは苦痛をおぼえず、世に人の生れたる喜悅によりてなり。
22 斯く汝らも今は憂あり、然れど我ふたたび汝らを見ん、その時なんぢらの心喜ぶべし、その喜悅を奪ふ者なし。
23 かの日には汝ら何事をも我に問ふまじ。誠にまことに汝らに吿ぐ、汝等のすべて父󠄃に求むる物をば、我が名によりて賜ふべし。
24 なんぢら今までは何をも我が名によりて求めたることなし。求めよ、然らば受けん、而して汝らの喜悅みたさるべし。
25 我これらの事を譬にて語りたりしが、また譬にて語らず、明白に父󠄃のことを汝らに吿ぐるとき來らん。
26 その日には汝等わが名によりて求めん。我は汝らの爲に父󠄃に請󠄃ふと言はず、〘160㌻〙
27 父󠄃みづから汝らを愛し給へばなり。これ汝等われを愛し、また我の父󠄃より出で來りしことを信じたるに因る。
28 われ父󠄃より出でて世にきたれり、また世を離れて父󠄃に徃くなり』
29 弟子たち言ふ『視よ、今は明白に語りて聊かも譬をいひ給はず。
30 我ら今なんぢの知り給はぬ所󠄃なく、また人の汝に問ふを待ち給はぬことを知る。之によりて汝の神より出できたり給ひしことを信ず』
220㌻
31 イエス答へ給ふ『なんぢら今、信ずるか。
32 視よ、なんぢら散されて各自おのが處にゆき、我をひとり遺󠄃すとき到らん、否すでに到れり。然れど我ひとり居るにあらず、父󠄃われと偕に在すなり。
33 此等のことを汝らに語りたるは、汝ら我に在りて平󠄃安を得んが爲なり。なんぢら世にありては患難あり、されど雄々しかれ。我すでに世に勝󠄃てり』
第17章
1 イエスこれらの事を語りはて、目を擧げ天を仰ぎて言ひ給ふ『父󠄃よ、時來れり、子が汝の榮光を顯さんために、汝の子の榮光を顯したまへ。
2 汝より賜はりし凡ての者に、永遠󠄄の生命を與へしめんとて、萬民を治むる權威を子に賜ひたればなり。
3 永遠󠄄の生命は、唯一の眞の神に在す汝と汝の遣󠄃し給ひしイエス・キリストとを知るにあり。
4 我に成さしめんとて汝の賜ひし業を成し遂󠄅げて、我は地上に汝の榮光をあらはせり。
5 父󠄃よ、まだ世のあらぬ前󠄃にわが汝と偕にもちたりし榮光をもて、今御前󠄃にて我に榮光あらしめ給へ。
6 世の中より我に賜ひし人々に我、御名をあらはせり。彼らは汝の有なるを我に賜へり、而して彼らは汝の言を守りたり。
7 今かれらは、凡て我に賜ひしものの汝より出づるを知る。
8 我は我に賜ひし言を彼らに與へ、彼らは之を受け、わが汝より出でたるを眞に知り、なんぢの我を遣󠄃し給ひしことを信じたるなり。
9 我かれらの爲に願ふ、わが願ふは世のためにあらず、汝の我に賜ひたる者のためなり、彼らは即ち汝のものなり。
10 我がものは皆なんぢの有、なんぢの有は我がものなり、我かれらより榮光を受けたり。
11 今より我は世に居らず、彼らは世に居り、我は汝にゆく。聖󠄄なる父󠄃よ、我に賜ひたる汝の御名の中に彼らを守りたまへ。これ我等のごとく、彼らの一つとならん爲なり。
221㌻
12 我かれらと偕にをる間、われに賜ひたる汝の御名の中に彼らを守り、かつ保護したり。其のうち一人だに亡びず、ただ亡の子のみ亡びたり、聖󠄄書の成就せん爲なり。〘161㌻〙
13 今は我なんぢに徃く、而して此等のことを世に在りて語るは、我が喜悅を彼らに全󠄃からしめん爲なり。
14 我は御言を彼らに與へたり、而して世は彼らを憎めり、我の世のものならぬごとく、彼らも世のものならぬに因りてなり。
15 わが願ふは、彼らを世より取り給はんことならず、《[*]》惡より免らせ給はんことなり。[*或は「惡しき者」と譯す。]
16 我の世のものならぬ如く、彼らも世のものならず。
17 眞理にて彼らを潔󠄄め別ちたまへ、汝の御言は眞理なり。
18 汝われを世に遣󠄃し給ひし如く、我も彼らを世に遣󠄃せり。
19 また彼等のために我は己を潔󠄄めわかつ、これ眞理にて彼らも潔󠄄め別たれん爲なり。
20 我かれらの爲のみならず、その言によりて我を信ずる者のためにも願ふ。
21 これ皆一つとならん爲なり。父󠄃よ、なんぢ我に在し、我なんぢに居るごとく、彼らも我らに居らん爲なり、是なんぢの我を遣󠄃し給ひしことを世の信ぜん爲なり。
22 我は汝の我に賜ひし榮光を彼らに與へたり、是われらの一つなる如く、彼らも一つとならん爲なり。
23 即ち我かれらに居り、汝われに在し、彼ら一つとなりて全󠄃くせられん爲なり、是なんぢの我を遣󠄃し給ひしことと、我を愛し給ふごとく彼らをも愛し給ふこととを、世の知らん爲なり。
24 父󠄃よ、望󠄇むらくは、我に賜ひたる人々の我が居るところに我と偕にをり、世の創の前󠄃より我を愛し給ひしによりて、汝の我に賜ひたる我が榮光を見んことを。
25 正しき父󠄃よ、げに世は汝を知らず、然れど我は汝を知り、この者どもも汝の我を遣󠄃し給ひしことを知れり。
222㌻
26 われ御名を彼らに知らしめたり、復これを知らしめん。これ我を愛し給ひたる愛の、彼らに在りて、我も彼らに居らん爲なり』
第18章
1 此等のことを言ひ終󠄃へて、イエス弟子たちと偕にケデロンの小川の彼方に出でたまふ。彼處に園あり、イエス弟子たちとともども入り給ふ。
2 ここは弟子たちと屡々あつまり給ふ處なれば、イエスを賣るユダもこの處を知れり。
3 斯てユダは一組の兵隊と祭司長・パリサイ人等よりの下役どもとを受けて、炬火・燈火・武器を携へて此處にきたる。
4 イエス己に臨まんとする事をことごとく知り、進󠄃みいでて彼らに言ひたまふ『誰を尋󠄃ぬるか』
5 答ふ『ナザレのイエスを』イエス言ひたまふ『我はそれなり』イエスを賣るユダも彼らと共に立てり。
6 『我はそれなり』と言ひ給ひし時、かれら後退󠄃して地に倒れたり。〘162㌻〙
7 爰に再び『たれを尋󠄃ぬるか』と問ひ給へば『ナザレのイエスを』と言ふ。
8 イエス答へ給ふ『われは夫なりと旣に吿げたり、我を尋󠄃ぬるならば此の人々の去るを容せ』
9 これ曩に『なんぢの我に賜ひし者の中よりわれ一人をも失はず』と言ひ給ひし言の成就せん爲なり。
10 シモン・ペテロ劍をもちたるが、之を拔き大祭司の僕を擊ちて、その右の耳を斬り落す、僕の名はマルコスと云ふ。
11 イエス、ペテロに言ひたまふ『劍を鞘に收めよ、父󠄃の我に賜ひたる酒杯は、われ飮まざらんや』
12 爰にかの兵隊・千卒長・ユダヤ人の下役ども、イエスを捕へ、縛りて先づアンナスの許に曵き徃く、
13 アンナスはその年の大祭司なるカヤパの舅なり。
223㌻
14 カヤパは曩にユダヤ人に、一人、民のために死ぬるは益なる事を勸めし者なり。
15 シモン・ペテロ及び他の一人の弟子、イエスに從ふ。この弟子は大祭司に知られたる者なれば、イエスと共に大祭司の庭に入りしが、
16 ペテロは門の外に立てり。ここに大祭司に知られたる彼の弟子いでて、門を守る女に物言ひてペテロを連れ入れしに、
17 門を守る婢女、ペテロに言ふ『なんぢも彼の人の弟子の一人なるか』かれ言ふ『然らず』
18 時寒くして僕・下役ども炭火を熾し、その傍らに立ちて煖まり居りしに、ペテロも共に立ちて煖まりゐたり。
19 ここに大祭司、イエスにその弟子とその敎とにつきて問ひたれば、
20 イエス答へ給ふ『われ公然に世に語れり、凡てのユダヤ人の相集ふ會堂と宮とにて常に敎へ、密には何をも語りし事なし。
21 何ゆゑ我に問ふか、我が語れることは聽きたる人々に問へ。視よ、彼らは我が言ひしことを知るなり』
22 斯く言ひ給ふとき、傍らに立つ下役の一人、手掌にてイエスを打ちて言ふ『かくも大祭司に答ふるか』
23 イエス答へ給ふ『わが語りし言、もし惡しくば、その惡しき故を證せよ。善くば何とて打つぞ』
24 爰にアンナス、イエスを縛りたるままにて、大祭司カヤパの許に送󠄃れり。
25 シモン・ペテロ立ちて煖まり居たるに、人々いふ『なんぢも彼が弟子の一人なるか』否みて言ふ『然らず』
26 大祭司の僕の一人にて、ペテロに耳を斬り落されし者の親族なるが言ふ『われ汝が園にて彼と偕なるを見しならずや』
224㌻
27 ペテロまた否む折しも鷄鳴きぬ。
28 斯て人々イエスをカヤパの許より官邸にひきゆく、時は夜明なり。彼ら過󠄃越の食󠄃をなさんために、汚穢を受けじとて己らは官邸に入らず。〘163㌻〙
29 爰にピラト彼らの前󠄃に出でゆきて言ふ『この人に對して如何なる訴訟をなすか』
30 答へて言ふ『もし惡をなしたる者ならずば汝に付さじ』
31 ピラト言ふ『なんぢら彼を引取り、おのが律法に循ひて審け』ユダヤ人いふ『我らに人を殺す權威なし』
32 これイエス己が如何なる死にて死ぬるかを示して言ひ給ひし御言の成就せん爲なり。
33 爰にピラトまた官邸に入り、イエスを呼び出して言ふ『なんぢはユダヤ人の王なるか』
34 イエス答へ給ふ『これは汝おのれより言ふか、將わが事を人の汝に吿げたるか』
35 ピラト答ふ『我はユダヤ人ならんや、汝の國人・祭司長ら汝を我に付したり、汝なにを爲ししぞ』
36 イエス答へ給ふ『わが國はこの世のものならず、若し我が國この世のものならば、我が僕ら我をユダヤ人に付さじと戰ひしならん。然れど我が國は此の世よりのものならず』
37 爰にピラト言ふ『されば汝は王なるか』イエス答へ給ふ『われの王たることは汝の言へるごとし。我は之がために生れ、之がために世に來れり、即ち眞理につきて證せん爲なり。凡て眞理に屬する者は我が聲をきく』
38 ピラト言ふ『眞理とは何ぞ』
かく言ひて再びユダヤ人の前󠄃に出でて言ふ『我この人に何の罪あるをも見ず。
39 過󠄃越のとき我なんぢらに一人の囚人を赦す例あり、されば汝らユダヤ人の王をわが赦さんことを望󠄇むか』
40 彼らまた叫びて『この人ならず、バラバを』と言ふ、バラバは强盜なり。
225㌻
第19章
1 爰にピラト、イエスをとりて鞭つ。
2 兵卒ども茨にて冠冕をあみ、その首にかむらせ、紫色の上衣をきせ、
3 御許に進󠄃みて言ふ『ユダヤ人の王やすかれ』而して手掌にて打てり。
4 ピラト再び出でて人々にいふ『視よ、この人を汝らに引出す、これは何の罪あるをも我が見ぬことを汝らの知らん爲なり』
5 爰にイエス茨の冠冕をかむり、紫色の上衣をきて出で給へば、ピラト言ふ『視よ、この人なり』
6 祭司長・下役どもイエスを見て叫びいふ『十字架につけよ、十字架につけよ』ピラト言ふ『なんぢら自らとりて十字架につけよ、我は彼に罪あるを見ず』
7 ユダヤ人こたふ『我らに律法あり、その律法によれば死に當るべき者なり、彼はおのれを神の子となせり』
8 ピラトこの言をききて增々おそれ、
9 再び官邸に入りてイエスに言ふ『なんぢは何處よりぞ』イエス答をなし給はず。〘164㌻〙
10 ピラト言ふ『われに語らぬか、我になんぢを赦す權威あり、また十字架につくる權威あるを知らぬか』
11 イエス答へ給ふ『なんぢ上より賜はらずば、我に對して何の權威もなし。この故に我をなんぢに付しし者の罪は更に大なり』
12 斯においてピラト、イエスを赦さんことを力む。然れどユダヤ人さけびて言ふ『なんぢ若しこの人を赦さば、カイザルの忠臣にあらず、凡そおのれを王となす者はカイザルに叛くなり』
13 ピラトこれらの言をききてイエスを外にひきゆき、敷石(ヘブル語にてガバタ)といふ處にて審判󠄄の座につく。
14 この日は過󠄃越の準備日にて、時は《[*]》第六時ごろなりき。ピラト、ユダヤ人にいふ『視よ、なんぢらの王なり』[*今の正午頃ならん。]
15 かれら叫びていふ『除け、除け、十字架につけよ』ピラト言ふ『われ汝らの王を十字架につくべけんや』祭司長ら答ふ『カイザルの他われらに王なし』
226㌻
16 爰にピラト、イエスを十字架に釘くるために彼らに付せり。
17 彼らイエスを受取りたれば、イエス己に十字架を負󠄅ひて髑髏(ヘブル語にてゴルゴダ)といふ處に出でゆき給ふ。
18 其處にて彼らイエスを十字架につく。又󠄂ほかに二人の者をともに十字架につけ、一人を右に、一人を左に、イエスを眞中に置けり。
19 ピラト罪標を書きて十字架の上に掲ぐ『ユダヤ人の王、ナザレのイエス』と記したり。
20 イエスを十字架につけし處は都に近󠄃ければ、多くのユダヤ人この標を讀む、標はヘブル、ロマ、ギリシヤの語にて記したり。
21 爰にユダヤ人の祭司長らピラトに言ふ『ユダヤ人の王と記さず、我はユダヤ人の王なりと自稱せりと記せ』
22 ピラト答ふ『わが記したることは記したるままに』
23 兵卒どもイエスを十字架につけし後、その衣をとりて四つに分󠄃け、おのおの其の一つを得たり。また下衣を取りしが、下衣は縫󠄃目なく、上より惣て織りたる物なれば、
24 兵卒ども互にいふ『これを裂くな、誰がうるか䰗にすべし』これは聖󠄄書の成就せん爲なり。曰く『かれら互にわが衣をわけ、わが衣を䰗にせり』兵卒ども斯くなしたり。
25 さてイエスの十字架の傍らには、その母と母の姉妹と、クロパの妻マリヤとマグダラのマリヤと立てり。
26 イエスその母とその愛する弟子との近󠄃く立てるを見て、母に言ひ給ふ『をんなよ、視よ、なんぢの子なり』
27 また弟子に言ひたまふ『視よ、なんぢの母なり』この時より、その弟子かれを己が家に接けたり。
〘165㌻〙
28 この後イエス萬の事の終󠄃りたるを知りて、――聖󠄄書の全󠄃うせられん爲に――『われ渇く』と言ひ給ふ。
29 ここに酸き葡萄酒の滿ちたる器あり、その葡萄酒のふくみたる海綿をヒソプに著けてイエスの口に差附く。
227㌻
30 イエスその葡萄酒をうけて後いひ給ふ『事畢りぬ』遂󠄅に首をたれて靈をわたし給ふ。
31 この日は準備日なれば、ユダヤ人、安息日に屍體を十字架のうへに留めおかじとて(殊にこの度の安息日は大なる日なるにより)ピラトに、彼らの脛ををりて屍體を取除かんことを請󠄃ふ。
32 ここに兵卒ども來りて、イエスとともに十字架に釘けられたる第一の者と他のものとの脛を折り、
33 而してイエスに來りしに、はや死に給ふを見て、その脛を折らず。
34 然るに一人の兵卒、鎗にてその脅をつきたれば、直ちに血と水と流れいづ。
35 之を見しもの證をなす、其の證は眞なり、彼はその言ふことの眞なるを知る、これ汝等にも信ぜしめん爲なり。
36 此等のことの成りたるは『その骨くだかれず』とある聖󠄄句の成就せん爲なり。
37 また他に『かれら己が刺したる者を見るべし』と云へる聖󠄄句あり。
38 この後、アリマタヤのヨセフとてユダヤ人を懼れ、密にイエスの弟子たりし者、イエスの屍體を引取らんことをピラトに請󠄃ひたれば、ピラト許せり、乃ち徃きてその屍體を引取る。
39 また曾て夜、御許に來りしニコデモも、沒藥・沈香の混和物を百斤ばかり携へて來る。
40 ここに彼らイエスの屍體をとり、ユダヤ人の葬りの習慣にしたがひて、香料とともに布にて卷けり。
41 イエスの十字架につけられ給ひし處に園あり、園の中にいまだ人を葬りしことなき新しき墓あり。
42 ユダヤ人の準備日なれば、この墓の近󠄃きままに其處にイエスを納󠄃めたり。
228㌻
第20章
1 一週󠄃のはじめの日、朝󠄃まだき暗󠄃きうちに、マグダラのマリヤ、墓にきたりて墓より石の取除けあるを見る。
2 乃ち走りゆき、シモン・ペテロとイエスの愛し給ひしかの弟子との許に到りて言ふ『たれか主を墓より取去れり、何處に置きしか我ら知らず』
3 ペテロと、かの弟子といでて墓にゆく。
4 二人ともに走りたれど、かの弟子ペテロより疾く走りて先に墓にいたり、
5 屈みて布の置きたるを見れど、內には入らず。
6 シモン・ペテロ後れ來り、墓に入りて布の置きたるを視、
7 また首を包みし手拭は布とともに在らず、他のところに卷きてあるを見る。〘166㌻〙
8 先に墓にきたれる彼の弟子もまた入り、之を見て信ず。
9 彼らは聖󠄄書に錄したる、死人の中よりその甦へり給ふべきことを未だ悟らざりしなり。
10 遂󠄅に二人の弟子おのが家にかへれり。
11 然れどマリヤは墓の外に立ちて泣き居りしが、泣きつつ屈みて、墓の內を見るに、
12 イエスの屍體の置かれし處に白き衣をきたる二人の御使、首の方にひとり足の方にひとり坐しゐたり。
13 而してマリヤに言ふ『をんなよ、何ぞ泣くか』マリヤ言ふ『誰か、わが主を取去れり、何處に置きしか我しらず』
14 かく言ひて後に振反れば、イエスの立ち居給ふを見る、然れどイエスたるを知らず。
15 イエス言ひ給ふ『をんなよ、何ぞ泣く、誰を尋󠄃ぬるか』マリヤは園守ならんと思ひて言ふ『君よ、汝もし彼を取去りしならば、何處に置きしかを吿げよ、われ引取るべし』
16 イエス『マリヤよ』と言ひ給ふ。マリヤ振反りて『ラボニ』(釋けば師よ)と言ふ。
17 イエス言ひ給ふ『われに觸るな、我いまだ父󠄃の許に昇らぬ故なり。我が兄弟たちに徃きて「我はわが父󠄃、即ち汝らの父󠄃、わが神、即ち汝らの神に昇る」といへ』
18 マグダラのマリヤ徃きて弟子たちに『われは主を見たり』と吿げ、また云々の事を言ひ給ひしと吿げたり。
19 この日、即ち一週󠄃のはじめの日の夕、弟子たちユダヤ人を懼るるに因りて居るところの戶を閉ぢおきしに、イエスきたり彼らの中に立ちて言ひたまふ『平󠄃安なんぢらに在れ』
229㌻
20 斯く言ひてその手と脅とを見せたまふ、弟子たち主を見て喜べり。
21 イエスまた言ひたまふ『平󠄃安なんぢらに在れ、父󠄃の我を遣󠄃し給へるごとく、我も亦なんぢらを遣󠄃す』
22 斯く言ひて、息を吹きかけ言ひたまふ『聖󠄄靈をうけよ。
23 汝ら誰の罪を赦すとも其の罪ゆるされ、誰の罪を留むるとも其の罪とどめらるべし』
24 イエス來り給ひしとき、十二弟子の一人デドモと稱ふるトマスともに居らざりしかば、
25 他の弟子これに言ふ『われら主を見たり』トマスいふ『我はその手に釘の痕を見、わが指を釘の痕にさし入れ、わが手をその脅に差入るるにあらずば信ぜじ』
26 八日ののち弟子等また家にをり、トマスも偕に居りて戶を閉ぢおきしに、イエス來り、彼らの中に立ちて言ひたまふ『平󠄃安なんぢらに在れ』
27 またトマスに言ひ給ふ『なんぢの指をここに伸べて、わが手を見よ、汝の手をのべて、我が脅にさしいれよ、信ぜぬ者とならで信ずる者となれ』〘167㌻〙
28 トマス答へて言ふ『わが主よ、わが神よ』
29 イエス言ひ給ふ『なんぢ我を見しによりて《[*]》信じたり、見ずして信ずる者は幸福なり』[*或は「信ずるか」と譯す。]
30 この書に錄さざる外の多くの徴を、イエス弟子たちの前󠄃にて行ひ給へり。
31 されど此等の事を錄ししは、汝等をしてイエスの神の子キリストたることを信ぜしめ、信じて御名により生命を得しめんが爲なり。
230㌻
第21章
1 この後、イエス復テベリヤの海邊にて己を弟子たちに現し給ふ、その現れ給ひしこと左のごとし。
2 シモン・ペテロ、デドモと稱ふるトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子ら及びほかの弟子二人もともに居りしに、
3 シモン・ペテロ『われ漁獵にゆく』と言へば、彼ら『われらも共に徃かん』と言ひ、皆いでて舟に乘りしが、その夜は何をも得ざりき。
4 夜明の頃イエス岸に立ち給ふに、弟子たち其のイエスなるを知らず。
5 イエス言ひ給ふ『子どもよ、獲物ありしか』彼ら『なし』と答ふ。
6 イエス言ひたまふ『舟の右のかたに網をおろせ、然らば獲物あらん』乃ち網を下したるに、魚夥多しくして、網を曵き上ぐること能はざりしかば、
7 イエスの愛し給ひし弟子、ペテロに言ふ『主なり』シモン・ペテロ『主なり』と聞きて、裸なりしを上衣をまとひて海に飛びいれり。
8 他の弟子たちは陸を離るること遠󠄄からず、僅に五十間ばかりなりしかば、魚の入りたる網を小舟にて曵き來り、
9 陸に上りて見れば、炭火ありてその上に肴あり、又󠄂パンあり。
10 イエス言ひ給ふ『なんぢらの今とりたる肴を少し持ちきたれ』
11 シモン・ペテロ舟に徃きて網を陸に曵き上げしに、百五十三尾の大なる魚滿ちたり、斯く多かりしが網は裂けざりき。
12 イエス言ひ給ふ『きたりて《[*]》食󠄃せよ』弟子たちその主なるを知れば『なんぢは誰ぞ』と敢へて問ふ者もなし。[*或は「朝󠄃餐󠄃せよ」と譯す。]
13 イエス進󠄃みてパンをとり彼らに與へ、肴をも然なし給ふ。
14 イエス死人の中より甦へりてのち、弟子たちに現れ給ひし事、これにて三度なり。
15 斯て食󠄃したる後、イエス、シモン・ペテロに言ひ給ふ『ヨハネの子シモンよ、汝この者どもに勝󠄃りて我を《[*]》愛するか』ペテロいふ『主よ、然り、わが汝を《[△]》愛する事は、なんぢ知り給ふ』イエス言ひ給ふ『わが羔羊を養󠄄へ』[*と△と原語を異にす。]
231㌻
16 また二度いひ給ふ『ヨハネの子シモンよ、我を《[*]》愛するか』ペテロ言ふ『主よ、然り、わが汝を《[△]》愛する事は、なんぢ知り給ふ』イエス言ひ給ふ『わが羊を牧へ』[*と△と原語を異にす。]〘168㌻〙
17 三度いひ給ふ『ヨハネの子シモンよ、我を《[△]》愛するか』ペテロ三度『われを《[△]》愛するか』と言ひ給ふを憂ひて言ふ『主よ、知りたまはぬ處なし、わが汝を《[△]》愛する事は、なんぢ識りたまふ』イエス言ひ給ふ『わが羊をやしなへ。[*と△と原語を異にす。]
18 誠に誠に、なんぢに吿ぐ、なんぢ若かりし時は自ら帶して欲する處を步めり、されど老いては手を伸べて他の人に帶せられ、汝の欲せぬ處に連れゆかれん』
19 是ペテロが如何なる死にて神の榮光を顯すかを示して言ひ給ひしなり。斯く言ひて後かれに言ひ給ふ『われに從へ』
20 ペテロ振反りてイエスの愛したまひし弟子の從ふを見る。これは曩に夕餐󠄃のとき御胸に倚りかかりて『主よ、汝をうる者は誰か』と問ひし弟子なり。
21 ペテロこの人を見てイエスに言ふ『主よ、この人は如何に』
22 イエス言ひ給ふ『よしや我、かれが我の來るまで留るを欲すとも、汝になにの關係あらんや、汝は我に從へ』
23 爰に兄弟たちの中に、この弟子死なずと云ふ話つたはりたり。されどイエスは死なずと言ひ給ひしにあらず『よしや我かれが我の來るまで留るを欲すとも、汝になにの關係あらんや』と言ひ給ひしなり。
24 これらの事につきて證をなし、又󠄂これを錄しし者は、この弟子なり、我等はその證の眞なるを知る。
25 イエスの行ひ給ひし事は、この外なほ多し、もし一つ一つ錄さば、我おもふに世界もその錄すところの書を載するに耐へざらん。〘169㌻〙
232㌻