〘1㌻〙
第1章
1 アブラハムの子、ダビデの子、イエス・キリストの系圖。
2 アブラハム、イサクを生み、イサク、ヤコブを生み、ヤコブ、ユダとその兄弟らとを生み、
3 ユダ、タマルによりてパレスとザラとを生み、パレス、エスロンを生み、エスロン、アラムを生み、
4 アラム、アミナダブを生み、アミナダブ、ナアソンを生み、ナアソン、サルモンを生み、
5 サルモン、ラハブによりてボアズを生み、ボアズ、ルツによりてオベデを生み、オベデ、エツサイを生み、
6 エツサイ、ダビデ王を生めり。
ダビデ、ウリヤの妻たりし女によりてソロモンを生み、
7 ソロモン、レハベアムを生み、レハベアム、アビヤを生み、アビヤ、アサを生み、
8 アサ、ヨサパテを生み、ヨサパテ、ヨラムを生み、ヨラム、ウジヤを生み、
9 ウジヤ、ヨタムを生み、ヨタム、アハズを生み、アハズ、ヒゼキヤを生み、
10 ヒゼキヤ、マナセを生み、マナセ、アモンを生み、アモン、ヨシヤを生み、
11 バビロンに移さるる頃、ヨシヤ、エコニヤとその兄弟らとを生めり。
12 バビロンに移されて後、エコニヤ、サラテルを生み、サラテル、ゾロバベルを生み、
13 ゾロバベル、アビウデを生み、アビウデ、エリヤキムを生み、エリヤキム、アゾルを生み、
14 アゾル、サドクを生み、サドク、アキムを生み、アキム、エリウデを生み、
15 エリウデ、エレアザルを生み、エレアザル、マタンを生み、マタン、ヤコブを生み、
16 ヤコブ、マリヤの夫ヨセフを生めり。此のマリヤよりキリストと稱ふるイエス生れ給へり。
1㌻
17 されば總て世をふる事、アブラハムよりダビデまで十四代、ダビデよりバビロンに移さるるまで十四代、バビロンに移されてよりキリストまで十四代なり。
18 イエス・キリストの誕生は左のごとし。その母マリヤ、ヨセフと許嫁したるのみにて、未だ偕にならざりしに、聖󠄄靈によりて孕り、その孕りたること顯れたり。
19 夫ヨセフは正しき人にして之を公然にするを好まず、私に離緣せんと思ふ。
20 斯て、これらの事を思ひ囘らしをるとき、視よ、主の使、夢に現れて言ふ『ダビデの子ヨセフよ、妻マリヤを納󠄃るる事を恐るな。その胎に宿る者は聖󠄄靈によるなり。〘1㌻〙
21 かれ子を生まん、汝その名をイエスと名づくべし。己が民をその罪より救ひ給ふ故なり』
22 すべて此の事の起󠄃りしは、預言者によりて主の云ひ給ひし言の成就せん爲なり。曰く、
23 『視よ、處女みごもりて子を生まん。 その名はインマヌエルと稱へられん』之を釋けば、神われらと偕に在すといふ意󠄃なり。
24 ヨセフ寐より起󠄃き、主の使の命ぜし如くして妻を納󠄃れたり。
25 されど子の生るるまでは、相知る事なかりき。斯てその子をイエスと名づけたり。
第2章
1 イエスはヘロデ王の時、ユダヤのベツレヘムに生れ給ひしが、視よ、東の博士たちエルサレムに來りて言ふ、
2 『ユダヤ人の王とて生れ給へる者は、何處に在すか。我ら《[*]》東にてその星を見たれば、拜せんために來れり』[*或は「その星の上れるを見たれば」と譯す。]
3 ヘロデ王これを聞きて惱みまどふ、エルサレムも皆然り。
4 王、民の祭司長・學者らを皆あつめて、キリストの何處に生るべきを問ひ質す。
5 かれら言ふ『ユダヤのベツレヘムなり。それは預言者によりて、
2㌻
6 「ユダの地ベツレヘムよ、汝は ユダの《[*]》長等の中にて最小き者にあらず、 汝の中より一人の君いでて、 わが民イスラエルを牧せん」と錄されたるなり』[*或は「町」と譯す。]
7 ここにヘロデ密に博士たちを招きて、星の現れし時を詳細にし、
8 彼らをベツレヘムに遣󠄃さんとして言ふ『徃きて幼兒のことを細にたづね、之にあはば我に吿げよ。我も徃きて拜せん』
9 彼ら王の言をききて徃きしに、視よ、前󠄃に《[*]》東にて見し星、先だちゆきて、幼兒の在すところの上に止る。[*或は「その上れるを見たる星」と譯す。]
10 かれら星を見て、歡喜に溢󠄃れつつ、
11 家に入りて、幼兒のその母マリヤと偕に在すを見、平󠄃伏して拜し、かつ寶の匣をあけて、黄金・乳󠄃香・沒藥など禮物を獻げたり。
12 斯て夢にてヘロデの許に返󠄄るなとの御吿を蒙り、ほかの路より己が國に去りゆきぬ。
13 その去り徃きしのち、視よ、主の使、夢にてヨセフに現れていふ『起󠄃きて、幼兒とその母とを携へ、エジプトに逃󠄄れ、わが吿ぐるまで彼處に留れ。ヘロデ幼兒を索めて亡さんとするなり』
14 ヨセフ起󠄃きて、夜の間に幼兒とその母とを携へて、エジプトに去りゆき、〘2㌻〙
15 ヘロデの死ぬるまで彼處に留りぬ。これ主が預言者によりて『我エジプトより我が子を呼び出せり』と云ひ給ひし言の成就せん爲なり。
16 爰にヘロデ、博士たちに賺されたりと悟りて、甚だしく憤ほり、人を遣󠄃し、博士たちに由りて詳細にせし時を計り、ベツレヘム及び凡てその邊の地方なる二歳以下の男の兒をことごとく殺せり。
17 ここに預言者エレミヤによりて云はれたる言は成就したり。曰く、
18 『聲ラマにありて聞ゆ、 慟哭なり、いとどしき悲哀なり。 ラケル己が子らを歎き、 子等のなき故に慰めらるるを厭ふ』
3㌻
19 ヘロデ死にてのち、視よ、主の使、夢にてエジプトなるヨセフに現れて言ふ、
20 『起󠄃きて、幼兒とその母とを携へ、イスラエルの地にゆけ。幼兒の生命を索めし者どもは死にたり』
21 ヨセフ起󠄃きて、幼兒とその母とを携へ、イスラエルの地に到りしに、
22 アケラオその父󠄃ヘロデに代りて、ユダヤを治むと聞き、彼處に徃くことを恐る。また夢にて御吿を蒙り、ガリラヤの地方に退󠄃き、
23 ナザレといふ町に到りて住󠄃みたり。これは預言者たちに由りて、彼はナザレ人と呼れん、と云はれたる言の成就せん爲なり。
第3章
1 その頃バプテスマのヨハネ來り、ユダヤの荒野にて敎を宣べて言ふ
2 『なんぢら悔改めよ、天國は近󠄃づきたり』
3 これ預言者イザヤによりて、斯く云はれし人なり、曰く 『荒野に呼はる者の聲す 「主の道󠄃を備へ、 その路すぢを直くせよ」』
4 このヨハネは駱駝の毛織衣をまとひ、腰に皮の帶をしめ、蝗と野蜜とを食󠄃とせり。
5 爰にエルサレム及びユダヤ全󠄃國またヨルダンの邊なる全󠄃地方の人々、ヨハネの許に出できたり、
6 罪を言ひ表し、ヨルダン川にてバプテスマを受けたり。
7 ヨハネ、パリサイ人およびサドカイ人のバプテスマを受けんとて、多く來るを見て、彼らに言ふ『蝮の裔よ、誰が汝らに、來らんとする御怒を避󠄃くべき事を示したるぞ。
8 さらば悔改に相應しき果を結べ。
9 汝ら「われらの父󠄃にアブラハムあり」と心のうちに言はんと思ふな。我なんぢらに吿ぐ、神は此らの石よりアブラハムの子らを起󠄃し得給ふなり。〘3㌻〙
10 斧ははや樹の根に置かる。されば凡て善き果を結ばぬ樹は、伐られて火に投げ入れらるべし。
11 我は汝らの悔改のために、水にてバプテスマを施す。されど我より後にきたる者は、我よりも能力あり、我はその鞋をとるにも足らず、彼は聖󠄄靈と火とにて汝らにバプテスマを施さん。
4㌻
12 手には箕を持ちて禾場をきよめ、その麥は倉に納󠄃め、殼は消󠄃えぬ火にて燒きつくさん』
13 爰にイエス、ヨハネにバプテスマを受けんとて、ガリラヤよりヨルダンに來り給ふ。
14 ヨハネ之を止めんとして言ふ『われは汝にバプテスマを受くべき者なるに、反つて我に來り給ふか』
15 イエス答へて言ひたまふ『今は許せ、われら斯く正しき事をことごとく爲遂󠄅ぐるは、當然なり』ヨハネ乃ち許せり。
16 イエス、バプテスマを受けて直ちに水より上り給ひしとき、視よ、天ひらけ、神の御靈の、鴿のごとく降りて己が上にきたるを見給ふ。
17 また天より聲あり、曰く『これは我が愛しむ子、わが悅ぶ者なり』
第4章
1 爰にイエス御靈によりて荒野に導󠄃かれ給ふ、惡魔󠄃に試みられんと爲るなり。
2 四十日、四十夜、斷食󠄃して、後に飢󠄄ゑたまふ。
3 試むる者きたりて言ふ『なんぢ若し神の子ならば、命じて此等の石をパンと爲らしめよ』
4 答へて言ひ給ふ『「人の生くるはパンのみに由るにあらず、神の口より出づる凡ての言に由る」と錄されたり』
5 ここに惡魔󠄃イエスを聖󠄄なる都につれゆき、宮の頂上に立たせて言ふ、
6 『なんぢもし神の子ならば己が身を下に投げよ。それは 「なんぢの爲に御使たちに命じ給はん。 彼ら手にて汝を支へ、その足を 石にうち當つること無からしめん」と錄されたるなり』
7 イエス言ひたまふ『「主なる汝の神を試むべからず」と、また錄されたり』
5㌻
8 惡魔󠄃またイエスを最高き山につれゆき、世のもろもろの國と、その榮華とを示して言ふ、
9 『なんぢ若し平󠄃伏して我を拜せば、此等を皆なんぢに與へん』
10 爰にイエス言ひ給ふ『サタンよ、退󠄃け「主なる汝の神を拜し、ただ之にのみ事へ奉るべし」と錄されたるなり』
11 ここに惡魔󠄃は離れ去り、視よ、御使たち來り事へぬ。
12 イエス、ヨハネの囚はれし事をききて、ガリラヤに退󠄃き、〘4㌻〙
13 後ナザレを去りて、ゼブルンとナフタリとの境なる海邊のカペナウムに到りて住󠄃み給ふ。
14 これは預言者イザヤによりて云はれたる言の成就せん爲なり。曰く
15 『ゼブルンの地、ナフタリの地、 海の邊、ヨルダンの彼方、 異邦人のガリラヤ、
16 暗󠄃きに坐する民は、大なる光を見、 死の地と死の蔭とに坐する者に、光のぼれり』
17 この時よりイエス敎を宣べはじめて言ひ給ふ『なんぢら悔改めよ、天國は近󠄃づきたり』
18 斯て、ガリラヤの海邊をあゆみて、二人の兄弟ペテロといふシモンとその兄弟アンデレとが、海に網打ちをるを見給ふ、かれらは漁人なり。
19 これに言ひたまふ『我に從ひきたれ、然らば汝らを人を漁る者となさん』
20 かれら直ちに網をすてて從ふ。
21 更に進󠄃みゆきて、又󠄂ふたりの兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネとが、父󠄃ゼベダイとともに舟にありて網を繕ひをるを見て呼び給へば、
22 直ちに舟と父󠄃とを置きて從ふ。
23 イエス徧くガリラヤを巡󠄃り、會堂にて敎をなし、御國の福音󠄃を宣べつたへ、民の中のもろもろの病、もろもろの疾患をいやし給ふ。
6㌻
24 その噂あまねくシリヤに廣まり、人々すべての惱めるもの、即ちさまざまの病と苦痛とに罹れるもの、惡鬼に憑かれたるもの、癲癇および中風の者などを連れ來りたれば、イエス之を醫したまふ。
25 ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ及びヨルダンの彼方より大なる群衆きたり從へり。
第5章
1 イエス群衆を見て、山にのぼり、座し給へば、弟子たち御許にきたる。
2 イエス口をひらき、敎へて言ひたまふ、
3 『幸福なるかな、心の貧󠄃しき者。天國はその人のものなり。
4 幸福なるかな、悲しむ者。その人は慰められん。
5 幸福なるかな、柔和なる者。その人は地を嗣がん。
6 幸福なるかな、義に飢󠄄ゑ渇く者。その人は飽󠄄くことを得ん。
7 幸福なるかな、憐憫ある者。その人は憐憫を得ん。
8 幸福なるかな、心の淸き者。その人は神を見ん。
9 幸福なるかな、平󠄃和ならしむる者。その人は神の子と稱へられん。
10 幸福なるかな、義のために責められたる者。天國はその人のものなり。
11 我がために、人なんぢらを罵り、また責め、詐りて各樣の惡しきことを言ふときは、汝ら幸福なり。〘5㌻〙
12 喜びよろこべ、天にて汝らの報は大なり。汝等より前󠄃にありし預言者たちをも、斯く責めたりき。
13 汝らは地の鹽なり、鹽もし效力を失はば、何をもてか之に鹽すべき。後は用なし、外にすてられて人に蹈まるるのみ。
14 汝らは世の光なり。山の上にある町は隱るることなし。
15 また人は燈火をともして升の下におかず、燈臺の上におく。斯て燈火は家にある凡ての物を照すなり。
16 斯のごとく汝らの光を人の前󠄃にかがやかせ。これ人の汝らが善き行爲を見て、天にいます汝らの父󠄃を崇めん爲なり。
7㌻
17 われ律法また預言者を毀つために來れりと思ふな。毀たんとて來らず、反つて成就せん爲なり。
18 誠に汝らに吿ぐ、天地の過󠄃ぎ徃かぬうちに、律法の一點、一畫も廢ることなく、悉とく全󠄃うせらるべし。
19 この故にもし此等のいと小き誡命の一つをやぶり、且その如く人に敎ふる者は、天國にて最小き者と稱へられ、之を行ひ、かつ人に敎ふる者は、天國にて大なる者と稱へられん。
20 我なんぢらに吿ぐ、汝らの義、學者・パリサイ人に勝󠄃らずば、天國に入ること能はず。
21 古への人に「殺すなかれ、殺す者は審判󠄄にあふべし」と云へることあるを汝等きけり。
22 然れど我は汝らに吿ぐ、すべて兄弟を怒る者は、審判󠄄にあふべし。また兄弟に對ひて、愚者よといふ者は、衆議にあふべし。また痴者よといふ者は、ゲヘナの火にあふべし。
23 この故に汝もし供物を祭壇にささぐる時、そこにて兄弟に怨まるる事あるを思ひ出さば、
24 供物を祭壇のまへに遺󠄃しおき、先づ徃きて、その兄弟と和睦し、然るのち來りて、供物をささげよ。
25 なんぢを訴ふる者とともに途󠄃に在るうちに、早く和解せよ。恐らくは、訴ふる者なんぢを審判󠄄人にわたし、審判󠄄人は下役にわたし、遂󠄅になんぢは獄に入れられん。
26 誠に、汝に吿ぐ、一厘も殘りなく償はずば、其處をいづること能はじ。
27 「姦淫するなかれ」と云へることあるを汝等きけり。
28 されど我は汝らに吿ぐ、すべて色情󠄃を懷きて女を見るものは、旣に心のうち姦淫したるなり。
29 もし右の目なんぢを躓かせば、抉り出して棄てよ、五體の一つ亡びて、全󠄃身ゲヘナに投げ入れられぬは益なり。
8㌻
30 もし右の手なんぢを躓かせば、切りて棄てよ、五體の一つ亡びて、全󠄃身ゲヘナに徃かぬは益なり。〘6㌻〙
31 また「妻をいだす者は離緣狀を與ふべし」と云へることあり。
32 されど我は汝らに吿ぐ、淫行の故ならで其の妻をいだす者は、これに姦淫を行はしむるなり。また出されたる女を娶るものは、姦淫を行ふなり。
33 また古への人に「いつはり誓ふなかれ、なんぢの誓は主に果すべし」と云へる事あるを汝ら聞けり。
34 されど我は汝らに吿ぐ、一切ちかふな、天を指して誓ふな、神の御座なればなり。
35 地を指して誓ふな、神の足臺なればなり。エルサレムを指して誓ふな、大君の都なればなり。
36 己が頭を指して誓ふな、なんぢ頭髮一筋だに白くし、また黑くし能はねばなり。
37 ただ然り然り、否否といへ、之に過󠄃ぐるは惡より出づるなり。
38 「目には目を、齒には齒を」と云へることあるを汝ら聞けり。
39 されど我は汝らに吿ぐ、惡しき者に抵抗ふな。人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ。
40 なんぢを訟へて下衣を取らんとする者には、上衣をも取らせよ。
41 人もし汝に一里ゆくことを强ひなば、共に二里ゆけ。
42 なんぢに請󠄃ふ者にあたへ、借らんとする者を拒むな。
43 「なんぢの隣を愛し、なんぢの仇を憎むべし」と云へることあるを汝等きけり。
44 されど我は汝らに吿ぐ、汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。
45 これ天にいます汝らの父󠄃の子とならん爲なり。天の父󠄃は、その日を惡しき者のうへにも、善き者のうへにも昇らせ、雨を正しき者にも、正しからぬ者にも降らせ給ふなり。
9㌻
46 なんぢら己を愛する者を愛すとも何の報をか得べき、取税人も然するにあらずや。
47 兄弟にのみ挨拶すとも何の勝󠄃ることかある、異邦人も然するにあらずや。
48 然らば汝らの天の父󠄃の全󠄃きが如く、汝らも全󠄃かれ。
第6章
1 汝ら見られんために己が義を人の前󠄃にて行はぬやうに心せよ。然らずば、天にいます汝らの父󠄃より報を得じ。
2 さらば施濟をなすとき、僞善者が人に崇められんとて會堂や街にて爲すごとく、己が前󠄃にラッパを鳴すな。誠に汝らに吿ぐ、彼らは旣にその報を得たり。
3 汝は施濟をなすとき、右の手のなすことを左の手に知らすな。
4 是はその施濟の隱れん爲なり。然らば隱れたるに見たまふ汝の父󠄃は報い給はん。
5 なんぢら祈るとき、僞善者の如くあらざれ。彼らは人に顯さんとて、會堂や大路の角に立ちて祈ることを好む。誠に汝らに吿ぐ、かれらは旣にその報を得たり。〘7㌻〙
6 なんぢは祈るとき、己が部屋にいり、戶を閉ぢて、隱れたるに在す汝の父󠄃に祈れ。さらば隱れたるに見給ふなんぢの父󠄃は報い給はん。
7 また祈るとき、異邦人の如く徒らに言を反復すな。彼らは言多きによりて聽かれんと思ふなり。
8 さらば彼らに效ふな、汝らの父󠄃は求めぬ前󠄃に、なんぢらの必要󠄃なる物を知りたまふ。
9 この故に汝らは斯く祈れ。「天にいます我らの父󠄃よ、願くは、御名の《[*]》崇められん事を。[*或は「聖󠄄とせられん事を」と譯す。]
10 御國の來らんことを。御意󠄃の天のごとく、地にも行はれん事を。
11 我らの日用の糧を今日もあたへ給へ。
10㌻
12 我らに負󠄅債ある者を我らの免したる如く、我らの負󠄅債をも免し給へ。
13 我らを嘗試に遇󠄃はせず、《[*]》惡より救ひ出したまへ」[*或は「惡しき者」と譯す。異本一三の末に「國と威力と榮光とは、とこしへに汝のものなればなり、アァメン」と云ふ句あり。]
14 汝等もし人の過󠄃失を免さば、汝らの天の父󠄃も汝らを免し給はん。
15 もし人を免さずば、汝らの父󠄃も汝らの過󠄃失を免し給はじ。
16 なんぢら斷食󠄃するとき、僞善者のごとく、悲しき面容をすな。彼らは斷食󠄃することを人に顯さんとて、その顏色を害󠄅ふなり。誠に汝らに吿ぐ、彼らは旣にその報を得たり。
17 なんぢは斷食󠄃するとき、頭に油をぬり、顏をあらへ。
18 これ斷食󠄃することの人に顯れずして、隱れたるに在す汝の父󠄃にあらはれん爲なり。さらば隱れたるに見たまふ汝の父󠄃は報い給はん。
19 なんぢら己がために財寶を地に積むな、ここは蟲と錆とが損ひ、盜人うがちて盜むなり。
20 なんぢら己がために財寶を天に積め、かしこは蟲と錆とが損はず、盜人うがちて盜まぬなり。
21 なんぢの財寶のある所󠄃には、なんぢの心もあるべし。
22 身の燈火は目なり。この故に汝の目ただしくば、全󠄃身あかるからん。
23 然れど、なんぢの目あしくば、全󠄃身くらからん。もし汝の內の光、闇ならば、その闇いかばかりぞや。
24 人は二人の主に兼󠄄事ふること能はず、或は、これを憎み、かれを愛し、或は、これに親しみ、かれを輕しむべければなり。汝ら神と富とに兼󠄄事ふること能はず。
25 この故に我なんぢらに吿ぐ、何を食󠄃ひ、何を飮まんと生命のことを思ひ煩ひ、何を著んと體のことを思ひ煩ふな。生命は糧にまさり、體は衣に勝󠄃るならずや。
26 空󠄃の鳥を見よ、播かず、刈らず、倉に收めず、然るに汝らの天の父󠄃は、これを養󠄄ひたまふ。汝らは之よりも遙に優るる者ならずや。
27 汝らの中たれか思ひ煩ひて《[*]》身の長一尺を加へ得んや。[*或は「その生命を寸陰も延べ得んや」と譯す。]
11㌻
28 又󠄂なにゆゑ衣のことを思ひ煩ふや。《[*]》野の百合は如何にして育つかを思へ、勞せず、紡がざるなり。[*或は「野の花」と譯す。]〘8㌻〙
29 然れど我なんぢらに吿ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、その服󠄃裝この花の一つにも及かざりき。
30 今日ありて明日、爐に投げ入れらるる野の草をも、神はかく裝ひ給へば、まして汝らをや、ああ信仰うすき者よ。
31 さらば何を食󠄃ひ、何を飮み、何を著んとて思ひ煩ふな。
32 是みな異邦人の切に求むる所󠄃なり。汝らの天の父󠄃は凡てこれらの物の汝らに必要󠄃なるを知り給ふなり。
33 まづ神の國と神の義とを求めよ、然らば凡てこれらの物は汝らに加へらるべし。
34 この故に明日のことを思ひ煩ふな、明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦勞は一日にて足れり。
第7章
1 なんぢら人を審くな、審かれざらん爲なり。
2 己がさばく審判󠄄にて己もさばかれ、己がはかる量にて己も量らるべし。
3 何ゆゑ兄弟の目にある《[*]》塵を見て、おのが目にある梁木を認󠄃めぬか。[*或は「木屑」と譯す。四、五節なるも同じ。]
4 視よ、おのが目に梁木のあるに、いかで兄弟にむかひて、汝の目より塵をとり除かせよと言ひ得んや。
5 僞善者よ、まづ己が目より梁木をとり除け、さらば明かに見えて兄弟の目より塵を取りのぞき得ん。
6 聖󠄄なる物を犬に與ふな。また眞珠を豚の前󠄃に投ぐな。恐らくは足にて蹈みつけ、向き返󠄄りて汝らを噛みやぶらん。
7 求めよ、然らば與へられん。尋󠄃ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。
8 すべて求むる者は得、たづぬる者は見いだし、門をたたく者は開かるるなり。
9 汝等のうち、誰かその子パンを求めんに石を與へ、
12㌻
10 魚を求めんに蛇を與へんや。
11 然らば、汝ら惡しき者ながら、善き賜物をその子らに與ふるを知る。まして天にいます汝らの父󠄃は、求むる者に善き物を賜はざらんや。
12 然らば凡て人に爲られんと思ふことは、人にも亦その如くせよ。これは律法なり、預言者なり。
13 狹き門より入れ、滅にいたる門は大きく、その路は廣く、之より入る者おほし。
14 生命にいたる門は狹く、その路は細く、之を見出す者すくなし。
〘9㌻〙
15 僞預言者に心せよ、羊の扮裝して來れども、內は奪ひ掠むる豺狼なり。
16 その果によりて彼らを知るべし。茨より葡萄を、薊より無花果をとる者あらんや。
17 斯く、すべて善き樹は善き果をむすび、惡しき樹は惡しき果をむすぶ。
18 善き樹は惡しき果を結ぶこと能はず、惡しき樹はよき果を結ぶこと能はず。
19 すべて善き果を結ばぬ樹は、伐られて火に投げ入れらる。
20 然らば、その果によりて彼らを知るべし。
21 我に對ひて主よ主よといふ者、ことごとくは天國に入らず、ただ天にいます我が父󠄃の御意󠄃をおこなふ者のみ、之に入るべし。
22 その日おほくの者、われに對ひて「主よ主よ、我らは汝の名によりて預言し、汝の名によりて惡鬼を逐󠄃ひいだし、汝の名によりて多くの能力ある業を爲ししにあらずや」と言はん。
23 その時われ明白に吿げん「われ斷えて汝らを知らず、不法をなす者よ、我を離れされ」と。
24 さらば凡て我がこれらの言をききて行ふ者を、磐の上に家をたてたる慧󠄄き人に擬へん。
25 雨ふり流漲り、風ふきてその家をうてど倒れず、これ磐の上に建てられたる故なり。
26 すべて我がこれらの言をききて行はぬ者を、沙の上に家を建てたる愚なる人に擬へん。
13㌻
27 雨ふり流漲り、風ふきて其の家をうてば、倒れてその顚倒はなはだし』
28 イエスこれらの言を語りをへ給へるとき、群衆その敎に驚きたり。
29 それは學者らの如くならず、權威ある者のごとく敎へ給へる故なり。
第8章
1 イエス山を下り給ひしとき、大なる群衆これに從ふ。
2 視よ、一人の癩病人みもとに來り、拜して言ふ『主よ、御意󠄃ならば、我を潔󠄄くなし給ふを得ん』
3 イエス手をのべ、彼につけて『わが意󠄃なり、潔󠄄くなれ』と言ひ給へば、癩病ただちに潔󠄄れり。
4 イエス言ひ給ふ『つつしみて誰にも語るな、ただ徃きて己を祭司に見せ、モーセが命じたる供物を獻げて、人々に證せよ』
5 イエス、カペナウムに入り給ひしとき、百卒長きたり、
6 請󠄃ひていふ『主よ、わが僕、中風を病み、家に臥しゐて甚く苦しめり』
7 イエス言ひ給ふ『われ徃きて醫さん』
8 百卒長こたへて言ふ『主よ、我は汝をわが屋根の下に入れ奉るに足らぬ者なり。ただ御言のみを賜へ、さらば我が僕はいえん。
9 我みづから權威の下にある者なるに、我が下にまた兵卒ありて、此に「ゆけ」と言へば徃き、彼に「きたれ」と言へば來り、わが僕に「これを爲せ」といへば爲すなり』〘10㌻〙
10 イエス聞きて怪しみ、從へる人々に言ひ給ふ『まことに汝らに吿ぐ、斯る篤き信仰はイスラエルの中の一人にだに見しことなし。
11 又󠄂なんぢらに吿ぐ、多くの人、東より西より來り、アブラハム、イサク、ヤコブとともに天國の宴につき、
12 御國の子らは外の暗󠄃きに逐󠄃ひ出され、そこにて哀哭・切齒することあらん』
14㌻
13 イエス百卒長に『ゆけ、汝の信ずるごとく汝になれ』と言ひ給へば、このとき僕いえたり。
14 イエス、ペテロの家に入り、その外姑の熱を病みて臥しをるを見、
15 その手に觸り給へば、熱去り、女おきてイエスに事ふ。
16 夕になりて、人々、惡鬼に憑かれたる者をおほく御許につれ來りたれば、イエス言にて靈を逐󠄃ひいだし、病める者をことごとく醫し給へり。
17 これは預言者イザヤによりて『かれは自ら我らの疾患をうけ、我らの病を負󠄅ふ』と云はれし言の成就せん爲なり。
18 さてイエス群衆の己を環れるを見て、ともに彼方の岸に徃かんことを弟子たちに命じ給ふ。
19 一人の學者きたりて言ふ『師よ何處にゆき給ふとも、我は從はん』
20 イエス言ひたまふ『狐は穴󠄄あり、空󠄃の鳥は塒あり、然れど人の子は枕する所󠄃なし』
21 また弟子の一人いふ『主よ、先づ徃きて我が父󠄃を葬ることを許したまへ』
22 イエス言ひたまふ『我に從へ、死にたる者にその死にたる者を葬らせよ』
23 かくて舟に乘り給へば、弟子たちも從ふ。
24 視よ、海に大なる暴風おこりて、舟、波に蔽はるるばかりなるに、イエスは眠りゐ給ふ。
25 弟子たち御許にゆき、起󠄃して言ふ『主よ、救ひたまへ、我らは亡ぶ』
26 彼らに言ひ給ふ『なにゆゑ臆するか、信仰うすき者よ』乃ち起󠄃きて、風と海とを禁め給へば、大なる凪となりぬ。
27 人々あやしみて言ふ『こは如何なる人ぞ、風も海も從ふとは』
28 イエス彼方にわたり、ガダラ人の地にゆき給ひしとき、惡鬼に憑かれたる二人のもの、墓より出できたりて之に遇󠄃ふ。その猛きこと甚だしく、其處の途󠄃を人の過󠄃ぎ得ぬほどなり。
29 視よ、かれら叫びて言ふ『神の子よ、われら汝と何の關係あらん、未だ時いたらぬに、我らを責めんとて此處にきたり給ふか』
15㌻
30 遙にへだたりて多くの豚の一群、食󠄃しゐたりしが、
31 惡鬼ども請󠄃ひて言ふ『もし我らを逐󠄃ひ出さんとならば、豚の群に遣󠄃したまへ』〘11㌻〙
32 彼らに言ひ給ふ『ゆけ』惡鬼いでて豚に入りたれば、視よ、その群みな崖より海に駈け下りて、水に死にたり。
33 飼ふ者ども逃󠄄げて町にゆき、すべての事と惡鬼に憑かれたりし者の事とを吿げたれば、
34 視よ、町人こぞりてイエスに逢はんとて出できたり、彼を見て、この地方より去り給はんことを請󠄃へり。
第9章
1 イエス舟にのり、渡りて己が町にきたり給ふ。
2 視よ、中風にて床に臥しをる者を、人々みもとに連れ來れり。イエス彼らの信仰を見て、中風の者に言ひたまふ『子よ、心安かれ、汝の罪ゆるされたり』
3 視よ、或學者ら心の中にいふ『この人は神を瀆すなり』
4 イエスその思を知りて言ひ給ふ『何ゆゑ心に惡しき事をおもふか。
5 汝の罪ゆるされたりと言ふと、起󠄃きて步めと言ふと、孰か易き。
6 人の子、地にて罪を赦す權威あることを汝らに知らせん爲に』――ここに中風の者に言ひ給ふ――『起󠄃きよ、床をとりて汝の家にかへれ』
7 彼おきて、その家にかへる。
8 群衆これを見ておそれ、斯る能力を人にあたへ給へる神を崇めたり。
9 イエス此處より進󠄃みて、マタイといふ人の收税所󠄃に坐しをるを見て『我に從へ』と言ひ給へば、立ちて從へり。
10 家にて食󠄃事の席につき居給ふとき、視よ、多くの取税人・罪人ら來りて、イエス及び弟子たちと共に列る。
16㌻
11 パリサイ人これを見て弟子たちに言ふ『なに故なんぢらの師は、取税人・罪人らと共に食󠄃するか』
12 之を聞きて言ひたまふ『健かなる者は醫者を要󠄃せず、ただ病める者これを要󠄃す。
13 なんぢら徃きて學べ「われ憐憫を好みて、犧牲を好まず」とは如何なる意󠄃ぞ。我は正しき者を招かんとにあらで、罪人を招かんとて來れり』
14 爰にヨハネの弟子たち御許にきたりて言ふ『われらとパリサイ人は《[*]》斷食󠄃するに、何故なんぢの弟子たちは斷食󠄃せぬか』[*異本「しばしば斷食󠄃するに」とあり。]
15 イエス言ひたまふ『新郎の友だち、新郎と偕にをる間は、悲しむことを得んや。されど新郎をとらるる日きたらん、その時には斷食󠄃せん。
16 誰も新しき布の裂を舊き衣につぐことは爲じ、補ひたる裂は、その衣をやぶりて、破綻さらに甚だしかるべし。
17 また新しき葡萄酒をふるき革嚢に入るることは爲じ。もし然せば嚢はりさけ、酒ほどばしり出でて、嚢もまた廢らん。新しき葡萄酒は新しき革嚢にいれ、斯て兩ながら保つなり』
〘12㌻〙
18 イエス此等のことを語りゐ給ふとき、視よ、一人の司きたり、拜して言ふ『わが娘いま死にたり。然れど來りて御手を之におき給はば活きん』
19 イエス起󠄃ちて彼に伴󠄃ひ給ふに、弟子たちも從ふ。
20 視よ、十二年血漏を患ひゐたる女、イエスの後にきたりて、御衣の總にさはる。
21 それは御衣にだに觸らば救はれんと心の中にいへるなり。
22 イエスふりかへり、女を見て言ひたまふ『娘よ、心安かれ、汝の信仰なんぢを救へり』女この時より救はれたり。
23 斯てイエス司の家にいたり、笛ふく者と騷ぐ群衆とを見て言ひたまふ、
24 『退󠄃け、少女は死にたるにあらず、寐ねたるなり』人々イエスを嘲笑ふ。
25 群衆の出されし後、いりてその手をとり給へば、少女おきたり。
17㌻
26 この聲聞あまねく其の地に弘りぬ。
27 イエス此處より進󠄃みたまふ時、ふたりの盲人さけびて『ダビデの子よ、我らを憫みたまへ』と言ひつつ從ふ。
28 イエス家にいたり給ひしに、盲人ども御許に來りたれば、之に言ひたまふ『我この事をなし得と信ずるか』彼等いふ『主よ、然り』
29 爰にイエスかれらの目に觸りて言ひたまふ『なんぢらの信仰のごとく汝らに成れ』
30 乃ち彼らの目あきたり。イエス嚴しく戒めて言ひたまふ『愼みて誰にも知らすな』
31 されど彼ら出でて、徧くその地にイエスの事をいひ弘めたり。
32 盲人どもの出づるとき、視よ、人々、惡鬼に憑かれたる啞者を御許につれきたる。
33 惡鬼おひ出されて啞者ものいひたれば、群衆あやしみて言ふ『かかる事は未だイスラエルの中に顯れざりき』
34 然るにパリサイ人いふ『かれは惡鬼の首によりて惡鬼を逐󠄃ひ出すなり』
35 イエス徧く町と村とを巡󠄃り、その會堂にて敎へ、御國の福音󠄃を宣べつたへ、諸般の病、もろもろの疾患をいやし給ふ。
36 また群衆を見て、その牧ふ者なき羊のごとく惱み、且た《[*]》ふるるを甚く憫み、[*或は「散る」と譯す。]
37 遂󠄅に弟子たちに言ひたまふ『收穫はおほく勞動人はすくなし。
38 この故に收穫の主に勞動人をその收穫場に遣󠄃し給はんことを求めよ』
第10章
1 斯てイエスその十二弟子を召し、穢れし靈を制する權威をあたへて、之を逐󠄃ひ出し、もろもろの病、もろもろの疾患を醫すことを得しめ給ふ。
〘13㌻〙
18㌻
2 十二使徒の名は左のごとし。先づペテロといふシモン及びその兄弟アンデレ、ゼベダイの子ヤコブ及びその兄弟ヨハネ、
3 ピリポ及びバルトロマイ、トマス及び取税人マタイ、アルパヨの子ヤコブ及びタダイ、
4 熱心黨のシモン及びイスカリオテのユダ、このユダはイエスを賣りし者なり。
5 イエスこの十二人を遣󠄃さんとて、命じて言ひたまふ。
『異邦人の途󠄃にゆくな、又󠄂サマリヤ人の町に入るな。
6 寧ろイスラエルの家の失せたる羊にゆけ。
7 徃きて宣べつたへ「天國は近󠄃づけり」と言へ。
8 病める者をいやし、死にたる者を甦へらせ、癩病人をきよめ、惡鬼を逐󠄃ひいだせ。價なしに受けたれば價なしに與へよ。
9 帶のなかに金・銀または錢をもつな。
10 旅の嚢も、二枚の下衣も、鞋も、杖ももつな。勞動人の、その食󠄃物を得るは相應しきなり。
11 何れの町、いづれの村に入るとも、その中にて相應しき者を尋󠄃ねいだして、立ち去るまでは其處に留れ。
12 人の家に入らば平󠄃安を祈れ。
13 その家もし之に相應しくば、汝らの祈る平󠄃安は、その上に臨まん。もし相應しからずば、その平󠄃安は、なんぢらに歸らん。
14 人もし汝らを受けず、汝らの言を聽かずば、その家、その町を立ち去るとき、足の塵をはらへ。
15 誠に汝らに吿ぐ、審判󠄄の日には、その町よりもソドム、ゴモラの地のかた耐へ易からん。
16 視よ、我なんぢらを遣󠄃すは、羊を豺狼のなかに入るるが如し。この故に蛇のごとく慧󠄄く、鴿のごとく素直なれ。
17 人々に心せよ、それは汝らを衆議所󠄃に付し、會堂にて鞭たん。
18 また汝等わが故によりて、司たち王たちの前󠄃に曵かれん。これは彼らと異邦人とに證をなさん爲なり。
19㌻
19 かれら汝らを付さば、如何になにを言はんと思ひ煩ふな、言ふべき事は、その時さづけらるべし。
20 これ言ふものは汝等にあらず、其の中にありて言ひたまふ汝らの父󠄃の靈なり。
21 兄弟は兄弟を、父󠄃は子を死に付し、子どもは親に逆󠄃ひて之を死なしめん。
22 又󠄂なんぢら我が名のために凡ての人に憎まれん。されど終󠄃まで耐へ忍󠄄ぶものは救はるべし。
23 この町にて、責めらるる時は、かの町に逃󠄄れよ。誠に汝らに吿ぐ、なんぢらイスラエルの町々を巡󠄃り盡さぬうちに人の子は來るべし。
24 弟子はその師にまさらず、僕はその主にまさらず、〘14㌻〙
25 弟子はその師のごとく、僕はその主の如くならば足れり。もし家主をベルゼブルと呼びたらんには、况てその家の者をや。
26 この故に、彼らを懼るな。蔽はれたるものに露れぬはなく、隱れたるものに知られぬは無ければなり。
27 暗󠄃黑にて我が吿ぐることを光明にて言へ。耳をあてて聽くことを屋の上にて宣べよ。
28 身を殺して靈魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と靈魂とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ。
29 二羽の雀は一錢にて賣るにあらずや、然るに汝らの父󠄃の許なくば、その一羽も地に落つること無からん。
30 汝らの頭の髮までも皆かぞへらる。
31 この故におそるな、汝らは多くの雀よりも優るるなり。
32 然れば凡そ人の前󠄃にて我を言ひあらはす者を、我もまた天にいます我が父󠄃の前󠄃にて言ひ顯さん。
33 されど人の前󠄃にて我を否む者を、我もまた天にいます我が父󠄃の前󠄃にて否まん。
34 われ地に平󠄃和を投ぜんために來れりと思ふな、平󠄃和にあらず、反つて劍を投ぜん爲に來れり。
35 それ我が來れるは人をその父󠄃より、娘をその母より、嫁をその姑嫜より分󠄃たん爲なり。
20㌻
36 人の仇はその家の者なるべし。
37 我よりも父󠄃または母を愛する者は、我に相應しからず。我よりも息子または娘を愛する者は、我に相應しからず。
38 又󠄂おのが十字架をとりて我に從はぬ者は、我に相應しからず。
39 生命を得る者は、これを失ひ、我がために生命を失ふ者は、これを得べし。
40 汝らを受くる者は、我を受くるなり。我をうくる者は、我を遣󠄃し給ひし者を受くるなり。
41 預言者たる名の故に預言者をうくる者は、預言者の報をうけ、義人たる名のゆゑに義人をうくる者は、義人の報を受くべし。
42 凡そわが弟子たる名の故に、この小き者の一人に冷かなる水一杯にても與ふる者は、誠に汝らに吿ぐ、必ずその報を失はざるべし』
第11章
1 イエス十二弟子に命じ終󠄃へてのち、町々にて敎へ、かつ、宣傳へんとて、此處を去り給へり。
2 ヨハネ牢舍にてキリストの御業をきき、弟子たちを遣󠄃して、
3 イエスに言はしむ『來るべき者は汝なるか、或は、他に待つべきか』
4 答へて言ひたまふ『ゆきて、汝らが見聞する所󠄃をヨハネに吿げよ。
5 盲人は見、跛者はあゆみ、癩病人は潔󠄄められ、聾者はきき、死人は甦へらせられ、貧󠄃しき者は福音󠄃を聞かせらる。〘15㌻〙
6 おほよそ我に躓かぬ者は幸福なり』
7 彼らの歸りたるをり、ヨハネの事を群衆に言ひ出でたまふ『なんぢら何を眺めんとて野に出でし、風にそよぐ葦なるか。
8 然らば何を見んとて出でし、柔かき衣を著たる人なるか。視よ、やはらかき衣を著たる者は王の家に在り。
21㌻
9 さらば何のために出でし、預言者を見んとてか。然り、汝らに吿ぐ、預言者よりも勝󠄃る者なり。
10 「視よ、わが使をなんぢの顏の前󠄃につかはす。 彼は、なんぢの前󠄃に、なんぢの道󠄃をそなへん」と錄されたるは此の人なり。
11 誠に汝らに吿ぐ、女の產みたる者のうち、バプテスマのヨハネより大なる者は起󠄃らざりき。然れど天國にて小き者も、彼よりは大なり。
12 バプテスマのヨハネの時より今に至るまで、天國は烈しく攻めらる、烈しく攻むる者は、これを奪ふ。
13 凡ての預言者と律法との預言したるは、ヨハネの時までなり。
14 もし汝等わが言をうけんことを願ば、來るべきエリヤは此の人なり、
15 耳ある者は聽くべし。
16 われ今の代を何に比へん、童子、市場に坐し、友を呼びて、
17 「われら汝等のために笛吹きたれど汝ら踴らず、歎きたれど汝ら胸うたざりき」と言ふに似たり。
18 それはヨハネ來りて、飮食󠄃せざれば「惡鬼に憑かれたる者なり」といひ、
19 人の子、來りて飮食󠄃すれば「視よ、食󠄃を貪り、酒を好む人、また取税人・罪人の友なり」と言ふなり。されど智慧󠄄は己が《[*]》業によりて正しとせらる』[*異本「子」とあり。]
20 爰にイエス多くの能力ある業を行ひ給へる町々の悔改めぬによりて、之を責めはじめ給ふ、
21 『禍害󠄅なる哉、コラジンよ、禍害󠄅なる哉、ベツサイダよ、汝らの中にて行ひたる能力ある業をツロとシドンとにて行ひしならば、彼らは早く荒布を著、灰󠄃の中にて悔改めしならん。
22 されば汝らに吿ぐ、審判󠄄の日にはツロとシドンとのかた汝等よりも耐へ易からん。
23 カペナウムよ、なんぢは天にまで擧げらるべきか、黄泉にまで下らん。汝のうちにて行ひたる能力ある業をソドムにて行ひしならば、今日までも、かの町は遺󠄃りしならん。
24 然れば汝らに吿ぐ、審判󠄄の日にはソドムの地のかた汝よりも耐へ易からん』
22㌻
25 その時イエス答へて言ひたまふ『天地の主なる父󠄃よ、われ感謝す、此等のことを智き者、慧󠄄き者にかくして嬰兒に顯し給へり。
26 父󠄃よ、然り、斯の如きは御意󠄃に適󠄄へるなり。
27 凡の物は我わが父󠄃より委ねられたり。子を知る者は父󠄃の外になく、父󠄃をしる者は子または子の欲するままに顯すところの者の外になし。〘16㌻〙
28 凡て勞する者・重荷を負󠄅ふ者、われに來れ、われ汝らを休ません。
29 我は柔和にして心卑ければ、我が軛を負󠄅ひて我に學べ、さらば靈魂に休息を得ん。
30 わが軛は易く、わが荷は輕ければなり』
第12章
1 その頃イエス安息日に麥畠をとほり給ひしに、弟子たち飢󠄄ゑて穗を摘み、食󠄃ひ始めたるを、
2 パリサイ人、見てイエスに言ふ『視よ、なんぢの弟子は安息日に爲まじき事をなす』
3 彼らに言ひ給ふ『ダビデがその伴󠄃へる人々とともに飢󠄄ゑしとき、爲しし事を讀まぬか。
4 即ち神の家に入りて、祭司のほかは、己もその伴󠄃へる人々も食󠄃ふまじき供のパンを食󠄃へり。
5 また安息日に祭司らは宮の內にて安息日を犯せども、罪なきことを律法にて讀まぬか。
6 われ汝らに吿ぐ、宮より大なる者ここに在り。
7 「われ憐憫を好みて、犧牲を好まず」とは如何なる意󠄃かを、汝ら知りたらんには、罪なき者を罪せざりしならん。
8 それ人の子は安息日の主たるなり』
9 イエス此處を去りて、彼らの會堂に入り給ひしに、
10 視よ、片手なえたる人あり。人々イエスを訴へんと思ひ、問ひていふ『安息日に人を醫すことは善きか』
11 彼らに言ひたまふ『汝等のうち一匹の羊をもてる者あらんに、もし安息日に穴󠄄に陷らば、之を取りあげぬか。
23㌻
12 人は羊より優るること如何許ぞ。さらば安息日に善をなすは可し』
13 爰にかの人に言ひ給ふ『なんぢの手を伸べよ』かれ伸べたれば、他の手のごとく癒󠄄ゆ。
14 パリサイ人いでて如何してかイエスを亡さんと議る。
15 イエス之を知りて此處を去りたまふ。多くの人、したがひ來りたれば、ことごとく之を醫し、
16 かつ我を人に知らすなと戒め給へり。
17 これ預言者イザヤによりて云はれたる言の成就せんためなり。曰く、
18 『視よ、わが選󠄄びたる我が僕、 わが心の悅ぶ我が愛しむ者、 我わが靈を彼に與へん、 彼は異邦人に正義を吿げ示さん。
19 彼は爭はず、叫ばず、 その聲を大路にて聞く者なからん。
20 正義をして勝󠄃遂󠄅げしむるまでは、 傷へる葦を折ることなく、 烟れる《[*]》亞麻󠄃を消󠄃すことなからん。[*或は「燈心」と譯す。]〘17㌻〙
21 異邦人も彼の名に望󠄇をおかん』
22 ここに惡鬼に憑かれたる盲目の啞者を御許に連れ來りたれば、之を醫して啞者の物言ひ、見ゆるやうに爲したまひぬ。
23 群衆みな驚きて言ふ『これはダビデの子にあらぬか』
24 然るにパリサイ人ききて言ふ『この人、惡鬼の首ベルゼブルによらでは惡鬼を逐󠄃ひ出すことなし』
25 イエス彼らの思を知りて言ひ給ふ『すべて分󠄃れ爭ふ國はほろび、分󠄃れ爭ふ町また家はたたず。
26 サタンもしサタンを逐󠄃ひ出さば、自ら分󠄃れ爭ふなり。然らばその國いかで立つべき。
27 我もしベルゼブルによりて惡鬼を逐󠄃ひ出さば、汝らの子は誰によりて之を逐󠄃ひ出すか。この故に彼らは汝らの審判󠄄人となるべし。
28 然れど我もし神の靈によりて惡鬼を逐󠄃ひ出さば、神の國は旣に汝らに到れるなり。
29 人まづ强き者を縛らずば、いかで强き者の家に入りて、その家財を奪ふことを得ん、縛りて後その家を奪ふべし。
24㌻
30 我と偕ならぬ者は我にそむき、我とともに集めぬ者は散すなり。
31 この故に汝らに吿ぐ、人の凡ての罪と瀆とは赦されん、されど御靈を瀆すことは赦されじ。
32 誰にても言をもて人の子に逆󠄃ふ者は赦されん、然れど言をもて聖󠄄靈に逆󠄃ふ者は、この世にても後の世にても赦されじ。
33 或は樹をも善しとし、果をも善しとせよ。或は樹をも惡しとし、果をも惡しとせよ。樹は果によりて知らるるなり。
34 蝮の裔よ、なんぢら惡しき者なるに、爭で善きことを言ひ得んや。それ心に滿つるより口に言はるるなり。
35 善き人は善き倉より善き物をいだし、惡しき人は惡しき倉より惡しき物をいだす。
36 われ汝らに吿ぐ、人の語る凡ての虛しき言は、審判󠄄の日に糺さるべし。
37 それは汝の言によりて義とせられ、汝の言によりて罪せらるるなり』
38 爰に或る學者・パリサイ人ら答へて言ふ『師よ、われら汝の徴を見んことを願ふ』
39 答へて言ひたまふ『邪曲にして不義なる代は徴を求む、されど預言者ヨナの徴のほかに徴は與へられじ。
40 即ち「ヨナが三日三夜、大魚の腹の中に在りし」ごとく、人の子も三日三夜、地の中に在るべきなり。
41 ニネベの人、審判󠄄のとき今の代の人とともに立ちて之が罪を定めん、彼らはヨナの宣ぶる言によりて悔改めたり。視よ、ヨナよりも勝󠄃るもの此處に在り。
42 南の女王、審判󠄄のとき今の代の人とともに起󠄃きて之が罪を定めん、彼はソロモンの智慧󠄄を聽かんとて地の極より來れり。視よ、ソロモンよりも勝󠄃る者ここに在り。
43 穢れし靈、人を出づるときは、水なき處を巡󠄃りて休を求む、而して得ず。〘18㌻〙
44 乃ち「わが出でし家に歸らん」といひ、歸りてその家の、空󠄃きて掃き淨められ、飾󠄃られたるを見、
45 遂󠄅に徃きて己より惡しき他の七つの靈を連れきたり、共に入りて此處に住󠄃む。されば其の人の後の狀は前󠄃よりも惡しくなるなり。邪曲なる此の代もまた斯の如くならん』
25㌻
46 イエスなほ群衆にかたり居給ふとき、視よ、その母と兄弟たちと、彼に物言はんとて外に立つ。
47 或人イエスに言ふ『視よ、なんぢの母と兄弟たちと、汝に物言はんとて外に立てり』
48 イエス吿げし者に答へて言ひたまふ『わが母とは誰ぞ、わが兄弟とは誰ぞ』
49 斯て手をのべ、弟子たちを指して言ひたまふ『視よ、これは我が母、わが兄弟なり。
50 誰にても天にいます我が父󠄃の御意󠄃をおこなふ者は、即ち我が兄弟、わが姉妹、わが母なり』
第13章
1 その日イエスは家を出でて、海邊に坐したまふ。
2 大なる群衆みもとに集りたれば、イエスは舟に乘りて坐したまひ、群衆はみな岸に立てり。
3 譬にて數多のことを語りて言ひたまふ、『視よ、種播く者まかんとて出づ。
4 播くとき路の傍らに落ちし種あり、鳥きたりて啄む。
5 土うすき磽地に落ちし種あり、土深からぬによりて速󠄃かに萠え出でたれど、
6 日の昇りし時やけて根なき故に枯る。
7 茨の地に落ちし種あり、茨そだちて之を塞ぐ。
8 良き地に落ちし種あり、或は百倍、或は六十倍、或は三十倍の實を結べり。
9 耳ある《[*]》者は聽くべし』[*異本「聽く耳」とあり。]
10 弟子たち御許に來りて言ふ『なにゆゑ譬にて彼らに語り給ふか』
11 答へて言ひ給ふ『なんぢらは天國の奧義を知ることを許されたれど、彼らは許されず。
12 それ誰にても、有てる人は與へられて愈々豐ならん。然れど有たぬ人は、その有てる物をも取らるべし。
13 この故に彼らには譬にて語る、これ彼らは見ゆれども見ず、聞ゆれども聽かず、また悟らぬ故なり、
26㌻
14 斯てイザヤの預言は、彼らの上に成就す。曰く、 「なんぢら聞きて聞けども悟らず、 見て見れども認󠄃めず。
15 此の民の心は鈍く、 耳は聞くに懶く、 目は閉ぢたればなり。 これ目にて見、耳にて聽き、 心にて悟り、飜へりて、 我に醫さるる事なからん爲なり」〘19㌻〙
16 されど汝らの目、なんぢらの耳は、見るゆゑに聞くゆゑに、幸福なり。
17 誠に汝らに吿ぐ、多くの預言者・義人は、汝らが見る所󠄃を見んとせしが見ず、なんぢらが聞く所󠄃を聞かんとせしが聞かざりしなり。
18 然れば汝ら種播く者の譬を聽け。
19 誰にても天國の言をききて悟らぬときは、惡しき者きたりて、其の心に播かれたるものを奪ふ。路の傍らに播かれしとは斯る人なり。
20 磽地に播かれしとは、御言をききて、直ちに喜び受くれども、
21 己に根なければ暫し耐ふるのみにて、御言のために艱難あるひは迫󠄃害󠄅の起󠄃るときは、直ちに躓くものなり。
22 茨の中に播かれしとは、御言をきけども、世の心勞と財貨の惑とに、御言を塞がれて實らぬものなり。
23 良き地に播かれしとは、御言をききて悟り、實を結びて、或は百倍、あるひは六十倍、あるひは三十倍に至るものなり』
24 また他の譬を示して言ひたまふ『天國は良き種を畑にまく人のごとし。
25 人々の眠れる間に、仇きたりて麥のなかに毒麥を播きて去りぬ。
26 苗はえ出でて實りたるとき、毒麥もあらはる。
27 僕ども來りて家主にいふ「主よ、畑に播きしは良き種ならずや、然るに如何にして毒麥あるか」
28 主人いふ「仇のなしたるなり」僕ども言ふ「さらば我らが徃きて之を拔き集むるを欲するか」
29 主人いふ「いな恐らくは毒麥を拔き集めんとて、麥をも共に拔かん。
27㌻
30 兩ながら收穫まで育つに任せよ。收穫のとき我かる者に「まづ毒麥を拔きあつめて、焚くために之を束ね、麥はあつめて我が倉に納󠄃れよ」と言はん」』
31 また他の譬を示して言ひたまふ『天國は一粒の芥種のごとし、人これを取りてその畑に播くときは、
32 萬の種よりも小けれど、育ちては、他の野菜よりも大く、樹となりて空󠄃の鳥きたり、其の枝に宿るほどなり』
33 また他の譬を語りたまふ『天國はパンだねのごとし、女これを取りて、三斗の粉の中に入るれば、悉く脹れいだすなり』
34 イエスすべて此等のことを、譬にて群衆に語りたまふ、譬ならでは何事も語り給はず。
35 これ預言者によりて云はれたる言の成就せん爲なり。曰く、 『われ譬を設けて口を開き、 世の創より隱れたる事を言ひ出さん』
〘20㌻〙
36 爰に群衆を去らしめて、家に入りたまふ。弟子たち御許に來りて言ふ『畑の毒麥の譬を我らに解きたまへ』
37 答へて言ひ給ふ『良き種を播く者は人の子なり、
38 畑は世界なり、良き種は天國の子どもなり、毒麥は惡しき者の子どもなり、
39 之を播きし仇は惡魔󠄃なり、收穫は世の終󠄃なり、刈る者は御使たちなり。
40 されば毒麥の集められて火に焚かるる如く、世の終󠄃にも斯くあるべし。
41 人の子、その使たちを遣󠄃さん。彼ら御國の中より凡ての顚躓となる物と不法をなす者とを集めて、
42 火の爐に投げ入るべし、其處にて哀哭・切齒することあらん。
43 其のとき義人は、父󠄃の御國にて日のごとく輝かん。《[*]》耳ある者は聽くべし。[*異本「聽く耳」とあり。]
44 天國は畑に隱れたる寶のごとし。人、見出さば之を隱しおきて、喜びゆき、有てる物をことごとく賣りて其の畑を買ふなり。
28㌻
45 また天國は良き眞珠を求むる商人のごとし。
46 價たかき眞珠、一つを見出さば、徃きて有てる物をことごとく賣りて、之を買ふなり。
47 また天國は海におろして、各樣のものを集むる網のごとし。
48 充つれば岸にひきあげ、坐して良きものを器に入れ、惡しきものを棄つるなり。
49 世の終󠄃にも斯くあるべし。御使たち出でて、義人の中より、惡人を分󠄃ちて、
50 之を火の爐に投げ入るべし。其處にて哀哭・切齒することあらん。
51 汝等これらの事をみな悟りしか』彼等いふ『然り』
52 また言ひ給ふ『この故に、天國のことを敎へられたる凡ての學者は、新しき物と舊き物とをその倉より出す家主のごとし』
53 イエスこれらの譬を終󠄃へて此處を去りたまふ。
54 己が郷にいたり、會堂にて敎へ給へば、人々おどろきて言ふ『この人はこの智慧󠄄と此等の能力とを何處より得しぞ。
55 これ木匠の子にあらずや、其の母はマリヤ、其の兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダにあらずや。
56 又󠄂その姉妹も皆われらと共にをるに非ずや。然るに此等のすべての事は何處より得しぞ』
57 遂󠄅に人々かれに躓けり。イエス彼らに言ひたまふ『預言者は、おのが郷、おのが家の外にて尊󠄅ばれざる事なし』
58 彼らの不信仰によりて其處にては多くの能力ある業を爲し給はざりき。〘21㌻〙
第14章
1 そのころ、國守ヘロデ、イエスの噂をききて、
2 侍臣どもに言ふ『これバプテスマのヨハネなり。かれ死人の中より甦へりたり、然ればこそ此等の能力その內に働くなれ』
3 ヘロデ先に己が兄弟ピリポの妻ヘロデヤの爲にヨハネを捕へ、縛りて獄に入れたり。
29㌻
4 ヨハネ、ヘロデに『かの女を納󠄃るるは宜しからず』と言ひしに因る。
5 斯てヘロデ、ヨハネを殺さんと思へど、群衆を懼れたり。群衆ヨハネを預言者とすればなり。
6 然るにヘロデの誕生日に當り、ヘロデヤの娘その席上に舞をまひてヘロデを喜ばせたれば、
7 ヘロデ之に何にても求むるままに與へんと誓へり。
8 娘その母に唆かされて言ふ『バプテスマのヨハネの首を盆󠄃に載せてここに賜はれ』
9 王、憂ひたれど、その誓と席に在る者とに對して、之を與ふることを命じ、
10 人を遣󠄃し獄にてヨハネの首を斬り、
11 その首を盆󠄃にのせて持ち來らしめ、之を少女に與ふ。少女はこれを母に捧ぐ。
12 ヨハネの弟子たち來り、屍體を取りて葬り、徃きて、イエスに吿ぐ。
13 イエス之を聞きて人を避󠄃け、其處より舟にのりて寂しき處に徃き給ひしを、群衆ききて町々より徒步にて從ひゆく。
14 イエス出でて大なる群衆を見、これを憫みて、その病める者を醫し給へり。
15 夕になりたれば、弟子たち御許に來りて言ふ『ここは寂しき處、はや時も晩し、群衆を去らしめ、村々に徃きて、己が爲に食󠄃物を買はせ給へ』
16 イエス言ひ給ふ『かれら徃くに及ばず、汝ら之に食󠄃物を與へよ』
17 弟子たち言ふ『われらが此處にもてるは、唯五つのパンと二つの魚とのみ』
18 イエス言ひ給ふ『それを我に持ちきたれ』
19 斯て群衆に命じて、草の上に坐せしめ、五つのパンと二つの魚とを取り、天を仰ぎて祝し、パンを裂きて、弟子たちに與へ給へば、弟子たち之を群衆に與ふ。
20 凡ての人、食󠄃ひて飽󠄄く、裂きたる餘を集めしに十二の筐に滿ちたり。
21 食󠄃ひし者は、女と子供とを除きて凡そ五千人なりき。
30㌻
22 イエス直ちに弟子たちを强ひて舟に乘らせ、自ら群衆をかへす間に、彼方の岸に先に徃かしむ。
23 斯て群衆を去らしめてのち、祈らんとて窃に山に登り、夕になりて獨そこにゐ給ふ。
24 舟ははや《[*]》陸より數丁はなれ、風逆󠄃ふによりて波に難されゐたり。[*異本「海の眞中に在り」と譯す。]
25 夜明の四時ごろ、イエス海の上を步みて、彼らに到り給ひしに、〘22㌻〙
26 弟子たち其の海の上を步み給ふを見て心騷ぎ、變化の者なりと言ひて懼れ叫ぶ。
27 イエス直ちに彼らに語りて言ひたまふ『心安かれ、我なり、懼るな』
28 ペテロ答へて言ふ『主よ、もし汝ならば我に命じ、水を蹈みて、御許に到らしめ給へ』
29 『來れ』と言ひ給へば、ペテロ舟より下り、水の上を步みてイエスの許に徃く。
30 然るに風を見て懼れ、沈みかかりければ叫びて言ふ『主よ、我を救ひたまへ』
31 イエス直ちに御手を伸べ、これを捉へて言ひ給ふ『ああ信仰うすき者よ、何ぞ疑ふか』
32 相共に舟に乘りしとき、風やみたり。
33 舟に居る者どもイエスを拜して言ふ『まことに汝は神の子なり』
34 遂󠄅に渡りてゲネサレの地に著きしに、
35 その處の人々イエスを認󠄃めて、徧く四方に人をつかはし、又󠄂すべての病める者を連れきたり、
36 ただ御衣の總にだに觸らしめ給はんことを願ふ、觸りし者はみな醫されたり。
第15章
1 爰にパリサイ人・學者ら、エルサレムより來りてイエスに言ふ、
2 『なにゆゑ汝の弟子は、古への人の言傳を犯すか、食󠄃事のときに手を洗はぬなり』
3 答へて言ひ給ふ『なにゆゑ汝らは、また汝らの言傳によりて神の誡命を犯すか。
4 即ち神は「父󠄃母を敬へ」と言ひ「父󠄃または母を罵る者は必ず殺さるべし」と言ひたまへり。
5 然るに汝らは「誰にても父󠄃または母に對ひて我が負󠄅ふ所󠄃のものは、供物となりたりと言はば、
31㌻
6 父󠄃または母を敬ふに及ばず」と言ふ。斯くその言傳によりて神の言を空󠄃しうす。
7 僞善者よ、宜なる哉イザヤは汝らに就きて能く預言せり。曰く、
8 「この民は口唇にて我を敬ふ、 然れど其の心は我に遠󠄄ざかる。
9 ただ徒らに我を拜む。 人の訓誡を敎とし敎へて」』
10 斯て群衆を呼び寄せて言ひたまふ『聽きて悟れ。
11 口に入るものは人を汚さず、然れど口より出づるものは、これ人を汚すなり』
12 爰に弟子たち御許に來りていふ『御言をききてパリサイ人の躓きたるを知り給ふか』
13 答へて言ひ給ふ『わが天の父󠄃の植ゑ給はぬものは、みな拔かれん。
14 彼らを捨ておけ、盲人を手引する盲人なり、盲人もし盲人を手引せば、二人とも穴󠄄に落ちん』
15 ペテロ答へて言ふ『その譬を我らに解き給へ』〘23㌻〙
16 イエス言ひ給ふ『なんぢらも今なほ悟なきか。
17 凡て口に入るものは腹にゆき、遂󠄅に厠に棄てらるる事を悟らぬか。
18 然れど口より出づるものは心より出づ、これ人を汚すものなり。
19 それ心より惡しき念いづ、即ち殺人・姦淫・淫行・竊盜・僞證・誹謗、
20 これらは人を汚すものなり、然れど洗はぬ手にて食󠄃する事は人を汚さず』
21 イエスここを去りてツロとシドンとの地方に徃き給ふ。
22 視よ、カナンの女、その邊より出できたり、叫びて『主よ、ダビデの子よ、我を憫み給へ、わが娘、惡鬼につかれて甚く苦しむ』と言ふ。
23 されどイエス一言も答へ給はず。弟子たち來り請󠄃ひて言ふ『女を歸したまへ、我らの後より叫ぶなり』
24 答へて言ひたまふ『我はイスラエルの家の失せたる羊のほかに遣󠄃されず』
25 女きたり拜して言ふ『主よ、我を助けたまへ』
26 答へて言ひたまふ『子供のパンをとりて、小狗に投げ與ふるは善からず』
27 女いふ『然り、主よ、小狗も主人の食󠄃卓よりおつる食󠄃屑を食󠄃ふなり』
32㌻
28 爰にイエス答へて言ひたまふ『をんなよ、汝の信仰は大なるかな、願のごとく汝になれ』娘この時より癒󠄄えたり。
29 イエス此處を去り、ガリラヤの海邊にいたり、而して山に登り、そこに坐し給ふ。
30 大なる群衆、跛者・不具󠄄・盲人・啞者および他の多くの者を連れ來りて、イエスの足下に置きたれば、醫し給へり。
31 群衆は、啞者の物いひ、不具󠄄の癒󠄄え、跛者の步み、盲人の見えたるを見て之を怪しみ、イスラエルの神を崇めたり。
32 イエス弟子たちを召して言ひ給ふ『われ此の群衆をあはれむ、旣に三日われと偕にをりて食󠄃ふべき物なし。飢󠄄ゑたるままにて歸らしむるを好まず、恐らくは途󠄃にて疲れ果てん』
33 弟子たち言ふ『この寂しき地にて、斯く大なる群衆を飽󠄄かしむべき多くのパンを、何處より得べき』
34 イエス言ひ給ふ『パン幾つあるか』彼らいふ『七つ、また小き魚すこしあり』
35 イエス群衆に命じて地に坐せしめ、
36 七つのパンと魚とを取り、謝して之をさき弟子たちに與へ給へば、弟子たち之を群衆に與ふ。
37 凡ての人くらひて飽󠄄き、裂きたる餘を拾ひしに、七つの籃に滿ちたり。
38 食󠄃ひし者は、女と子供とを除きて四千人なりき。
39 イエス群衆をかへし、舟に乘りてマガダンの地方に徃き給へり。〘24㌻〙
第16章
1 パリサイ人とサドカイ人と來りてイエスを試み、天よりの徴を示さんことを請󠄃ふ。
2 答へて言ひたまふ『夕には汝ら「空󠄃あかき故に、晴ならん」と言ひ、
3 また朝󠄃には「そら赤くして曇る故に、今日は風雨ならん」と言ふ。なんぢら空󠄃の氣色を見分󠄃くることを知りて、時の徴を見分󠄃くること能はぬか。
4 邪曲にして不義なる代は徴を求む、然れどヨナの徴の外に徴は與へられじ』斯て彼らを離れて去り給ひぬ。
33㌻
5 弟子たち彼方の岸に到りしに、パンを携ふることを忘れたり。
6 イエス言ひたまふ『愼みてパリサイ人とサドカイ人とのパン種に心せよ』
7 弟子たち互に『《[*]》我らはパンを携へざりき』と語り合ふ。[*或は「これはパンを携へざりし故ならん」と譯す。]
8 イエス之を知りて言ひ給ふ『ああ信仰うすき者よ、何ぞ《[*]》パン無きことを語り合ふか。[*或は「パンなき故ならんと語り合ふか」と譯す。]
9 未だ悟らぬか、五つのパンを五千人に分󠄃ちて、その餘を幾籃ひろひ、
10 また七つのパンを四千人に分󠄃ちて、その餘を幾籃ひろひしかを覺えぬか。
11 我が言ひしはパンの事にあらぬを何ぞ悟らざる。唯パリサイ人とサドカイ人とのパンだねに心せよ』
12 爰に弟子たちイエスの心せよと言ひ給ひしは、パンの種にはあらで、パリサイ人とサドカイ人との敎なることを悟れり。
13 イエス、ピリポ・カイザリヤの地方にいたり、弟子たちに問ひて言ひたまふ『人々は人の子を誰と言ふか』
14 彼等いふ『或人はバプテスマのヨハネ、或人はエリヤ、或人はエレミヤ、また預言者の一人』
15 彼らに言ひたまふ『なんぢらは我を誰と言ふか』
16 シモン・ペテロ答へて言ふ『なんぢはキリスト、活ける神の子なり』
17 イエス答へて言ひ給ふ『バルヨナ・シモン、汝は幸福なり、汝に之を示したるは血肉にあらず、天にいます我が父󠄃なり。
18 我はまた汝に吿ぐ、汝は《[*]》ペテロなり、我この磐の上に我が敎會を建てん、黄泉の門はこれに勝󠄃たざるべし。[*ペテロとは「磐」の義なり。]
19 われ天國の鍵を汝に與へん、凡そ汝が地にて《[*]》縛ぐ所󠄃は天にても縛ぎ、地にて解く所󠄃は天にても解くなり』[*或は「禁ずる所󠄃は天にても禁じ、地にて許す所󠄃は天にても許さん」と譯す。]
20 爰にイエス己がキリストなる事を誰にも吿ぐなと弟子たちを戒め給へり。
34㌻
21 この時よりイエス・キリスト、弟子たちに、己のエルサレムに徃きて、長老・祭司長・學者らより多くの苦難を受け、かつ殺され、三日めに甦へるべき事を示し始めたまふ。
22 ペテロ、イエスを傍にひき戒め出でて言ふ『主よ、《[*]》然あらざれ、此の事なんぢに起󠄃らざるべし』[*原語「汝に憐みあれ」との義なり。]〘25㌻〙
23 イエス振反りてペテロに言ひ給ふ『サタンよ、我が後に退󠄃け、汝はわが躓物なり、汝は神のことを思はず、反つて人のことを思ふ』
24 爰にイエス弟子たちに言ひたまふ『人もし我に從ひ來らんと思はば、己をすて、己が十字架を負󠄅ひて、我に從へ。
25 己が生命を救はんと思ふ者は、これを失ひ、我がために、己が生命をうしなふ者は、之を得べし。
26 人、全󠄃世界を贏くとも、己が生命を損せば、何の益あらん、又󠄂その生命の代に何を與へんや。
27 人の子は父󠄃の榮光をもて、御使たちと共に來らん。その時おのおのの行爲に隨ひて報ゆべし。
28 誠に汝らに吿ぐ、ここに立つ者のうちに、人の子のその國をもて來るを見るまでは、死を味はぬ者どもあり』
第17章
1 六日の後、イエス、ペテロ、ヤコブ及びヤコブの兄弟ヨハネを率󠄃きつれ、人を避󠄃けて高き山に登りたまふ。
2 斯て彼らの前󠄃にてその狀かはり、其の顏は日のごとく輝き、その衣は光のごとく白くなりぬ。
3 視よ、モーセとエリヤとイエスに語りつつ彼らに現る。
4 ペテロ差出でてイエスに言ふ『主よ、我らの此處に居るは善し。御意󠄃ならば我ここに三つの廬を造󠄃り、一つを汝のため、一つをモーセのため、一つをエリヤの爲にせん』
5 彼なほ語りをるとき、視よ、光れる雲、かれらを覆ふ。また雲より聲あり、曰く『これは我が愛しむ子、わが悅ぶ者なり、汝ら之に聽け』
35㌻
6 弟子たち之を聞きて倒れ伏し、懼るること甚だし。
7 イエスその許にきたり之に觸りて『起󠄃きよ、懼るな』と言ひ給へば、
8 彼ら目を擧げしに、イエス一人の他は誰も見えざりき。
9 山を下るとき、イエス彼らに命じて言ひたまふ『人の子の死人の中より甦へるまでは、見たることを誰にも語るな』
10 弟子たち問ひて言ふ『さらば、エリヤ先づ來るべしと學者らの言ふは何ぞ』
11 答へて言ひたまふ『實にエリヤ來りて萬の事をあらためん。
12 我なんぢらに吿ぐ、エリヤは旣に來れり。然れど人々これを知らず、反つて心のままに待へり。斯のごとく人の子もまた人々より苦しめらるべし』
13 爰に弟子たちバプテスマのヨハネを指して言ひ給ひしなるを悟れり。
〘26㌻〙
14 かれら群衆の許に到りしとき、或人、御許にきたり跪づきて言ふ、
15 『主よ、わが子を憫みたまへ。癲癇にて難み、しばしば火の中に、しばしば水の中に倒るるなり。
16 之を御弟子たちに連れ來りしに、醫すこと能はざりき』
17 イエス答へて言ひ給ふ『ああ信なき曲れる代なるかな、我いつまで汝らと偕にをらん、何時まで汝らを忍󠄄ばん。その子を我に連れきたれ』
18 遂󠄅にイエスこれを禁め給へば、惡鬼いでてその子この時より癒󠄄えたり。
19 爰に弟子たち窃にイエスに來りて言ふ『われらは何故に逐󠄃ひ出し得ざりしか』
20 彼らに言ひ給ふ『なんぢら信仰うすき故なり。誠に汝らに吿ぐ、もし芥種一粒ほどの信仰あらば、この山に「此處より彼處に移れ」と言ふとも移らん、斯て汝ら能はぬこと無かるべし』
21 [なし]《[*]》[*異本「この類は祈と斷食󠄃とに由らざれば出でぬなり」とあり。]
36㌻
22 彼らガリラヤに集ひをる時、イエス言ひたまふ『人の子は人の手に付され、
23 人々は之を殺さん、斯て三日めに甦へるべし』弟子たち甚く悲しめり。
24 彼らカペナウムに到りしとき、納󠄃金を集むる者ども、ペテロに來りて言ふ『なんぢらの師は納󠄃金を納󠄃めぬか』
25 ペテロ『納󠄃む』と言ひ、頓て家に入りしに、逸速󠄃くイエス言ひ給ふ『シモンいかに思ふか、世の王たちは税または貢を誰より取るか、己が子よりか、他の者よりか』
26 ペテロ言ふ『ほかの者より』イエス言ひ給ふ『されば子は自由なり。
27 されど彼らを躓かせぬ爲に、海に徃きて釣をたれ、初に上る魚をとれ、其の口をひらかば《[*]》銀貨一つを得ん、それを取りて我と汝との爲に納󠄃めよ』[*原語「スタテール」]
第18章
1 そのとき弟子たち、イエスに來りて言ふ『しからば天國にて大なるは誰か』
2 イエス幼兒を呼び、彼らの中に置きて言ひ給ふ
3 『まことに汝らに吿ぐ、もし汝ら飜へりて幼兒の如くならずば、天國に入るを得じ。
4 されば誰にても此の幼兒のごとく己を卑うする者は、これ天國にて大なる者なり。
5 また我が名のために、斯のごとき一人の幼兒を受くる者は、我を受くるなり。
6 然れど我を信ずる此の小き者の一人を躓かする者は、寧ろ大なる碾臼を頸に懸けられ、海の深處に沈められんかた益なり。
7 この世は躓物あるによりて禍害󠄅なるかな。躓物は必ず來らん、されど躓物を來らする人は禍害󠄅なるかな。〘27㌻〙
8 もし汝の手、または足、なんぢを躓かせば、切りて棄てよ。不具󠄄または蹇跛にて生命に入るは、兩手・兩足ありて永遠󠄄の火に投げ入れらるるよりも勝󠄃るなり。
9 もし汝の眼、なんぢを躓かせば拔きて棄てよ。片眼にて生命に入るは、兩眼ありて火のゲヘナに投げ入れらるるよりも勝󠄃るなり。
37㌻
10 汝ら愼みて此の小き者の一人をも侮るな。我なんぢらに吿ぐ、彼らの御使たちは天にありて、天にいます我が父󠄃の御顏を常に見るなり。
11 [なし]《[*]》[*異本「それ人の子の來れるに失せたる者を救はん爲なり」との句あり。]
12 汝等いかに思ふか、百匹の羊を有てる人あらんに、若しその一匹まよはば、九十九匹を山に遺󠄃しおき、徃きて迷󠄃へるものを尋󠄃ねぬか。
13 もし之を見出さば、誠に汝らに吿ぐ、迷󠄃はぬ九十九匹に勝󠄃りて此の一匹を喜ばん。
14 斯のごとく此の小き者の一人の亡ぶるは、天にいます汝らの父󠄃の御意󠄃にあらず。
15 もし汝の兄弟、罪を犯さば、徃きてただ彼とのみ、相對して諫めよ。もし聽かば其の兄弟を得たるなり。
16 もし聽かずば一人・二人を伴󠄃ひ徃け、これ二三の證人の口に由りて、凡ての事の慥められん爲なり。
17 もし彼等にも聽かずば、敎會に吿げよ。もし敎會にも聽かずば、之を異邦人または取税人のごとき者とすべし。
18 誠に汝らに吿ぐ、すべて汝らが地にて《[*]》縛ぐ所󠄃は天にても縛ぎ、地にて解く所󠄃は天にても解くなり。[*或は「禁ずる所󠄃は天にても禁じ、地にて許す所󠄃は天にても許すなり」と譯す。]
19 また誠に汝らに吿ぐ、もし汝等のうち二人、何にても求むる事につき地にて心を一つにせば、天にいます我が父󠄃は之を成し給ふべし。
20 二三人わが名によりて集る所󠄃には、我もその中に在るなり』
21 爰にペテロ御許に來りて言ふ『主よ、わが兄弟われに對して罪を犯さば幾たび赦すべきか、七度までか』
22 イエス言ひたまふ『否われ「七度まで」とは言はず「七度を七十倍するまで」と言ふなり。
23 この故に天國はその家來どもと計算をなさんとする王のごとし。
24 計算を始めしとき、一萬タラントの負󠄅債ある家來つれ來られしが、
25 償ひ方なかりしかば、其の主人、この者と、その妻子と凡ての所󠄃有とを賣りて償ふことを命じたるに、
38㌻
26 その家來ひれ伏し、拜して言ふ「寛くし給へ、さらば悉とく償はん」
27 その家來の主人、あはれみて之を解き、その負󠄅債を免したり。
28 然るに其の家來いでて、己より百デナリを負󠄅ひたる一人の同僚にあひ、之をとらへ、喉を締めて言ふ「負󠄅債を償へ」
29 その同僚ひれ伏し、願ひて「寛くし給へ、さらば償はん」と言へど、
30 肯はずして徃き、その負󠄅債を償ふまで之を獄に入れたり。〘28㌻〙
31 同僚ども有りし事を見て甚く悲しみ、徃きて有りし凡ての事をその主人に吿ぐ。
32 ここに主人かれを呼び出して言ふ「惡しき家來よ、なんぢ願ひしによりて、かの負󠄅債をことごとく免せり。
33 わが汝を憫みしごとく汝もまた同僚を憫むべきにあらずや」
34 斯くその主人、怒りて、負󠄅債をことごとく償ふまで彼を獄卒に付せり。
35 もし汝等おのおの心より兄弟を赦さずば、我が天の父󠄃も亦なんぢらに斯のごとく爲し給ふべし』
第19章
1 イエスこれらの言を語り終󠄃へてガリラヤを去り、ヨルダンの彼方なるユダヤの地方に來り給ひしに、
2 大なる群衆、從ひたれば、此處にて彼らを醫し給へり。
3 パリサイ人ら來り、イエスを試みて言ふ『何の故にかかはらず、人その妻を出すは可きか』
4 答へて言ひたまふ『人を造󠄃り給ひしもの、元始より之を男と女とに造󠄃り、而して、
5 「斯る故に人は父󠄃母を離れ、その妻に合ひて、二人のもの一體となるべし」と言ひ給ひしを未だ讀まぬか。
6 然れば、はや二人にはあらず、一體なり。この故に神の合せ給ひし者は人これを離すべからず』
7 彼らイエスに言ふ『さらば何故モーセは離緣狀を與へて出すことを命じたるか』
8 彼らに言ひ給ふ『モーセは汝の心、無情󠄃によりて妻を出すことを許したり。されど元始より然にはあらぬなり。
39㌻
9 われ汝らに吿ぐ、《[*]》おほよそ淫行の故ならで其の妻をいだし、他に娶る者は姦淫を行ふなり』[*異本に五章三二と同一の句あり。]
10 弟子たちイエスに言ふ『人もし妻のことに於て斯のごとくば、娶らざるに如かず』
11 彼らに言ひたまふ『凡ての人この言を受け容るるにはあらず、ただ授けられたる者のみなり。
12 それ生れながらの閹人あり、人に爲られたる閹人あり、また天國のために自らなりたる閹人あり、之を受け容れうる者は受け容るべし』
13 爰に人々イエスの手をおきて祈り給はんことを望󠄇みて、幼兒らを連れ來りしに、弟子たち禁めたれば、
14 イエス言ひたまふ『幼兒らを許せ、我に來るを止むな、天國は斯のごとき者の國なり』
15 斯て手を彼らの上におきて此處を去り給へり。
16 視よ、或人みもとに來りて言ふ『師よ、われ永遠󠄄の生命をうる爲には如何なる善き事を爲すべきか』〘29㌻〙
17 イエス言ひたまふ『善き事につきて何ぞ我に問ふか、善き者は唯ひとりのみ。汝もし生命に入らんと思はば誡命を守れ』
18 彼いふ『孰れを』イエス言ひたまふ『「殺すなかれ」「姦淫するなかれ」「盜むなかれ」「僞證を立つる勿れ」
19 「父󠄃と母とを敬へ」また「己のごとく汝の隣を愛すべし」』
20 その若者いふ『我みな之を守れり、なほ何を缺くか』
21 イエス言ひたまふ『なんぢ若し全󠄃からんと思はば、徃きて汝の所󠄃有を賣りて貧󠄃しき者に施せ、さらば財寶を天に得ん。かつ來りて我に從へ』
22 この言をききて若者、悲しみつつ去りぬ。大なる資產を有てる故なり。
23 イエス弟子たちに言ひ給ふ『まことに汝らに吿ぐ、富める者の天國に入るは難し。
24 復なんぢらに吿ぐ、富める者の神の國に入るよりは、駱駝の針の孔を通󠄃るかた反つて易し』
25 弟子たち之をきき、甚だしく驚きて言ふ『さらば誰か救はるることを得ん』
40㌻
26 イエス彼らに目を注めて言ひ給ふ『これは人に能はねど神は凡ての事をなし得るなり』
27 爰にペテロ答へて言ふ『視よ、われら一切をすてて汝に從へり、然れば何を得べきか』
28 イエス彼らに言ひ給ふ『まことに汝らに吿ぐ、世あらたまりて人の子その榮光の座位に坐するとき、我に從へる汝等もまた十二の座位に坐してイスラエルの十二の族を審かん。
29 また凡そ我が名のために或は家、或は兄弟、あるひは姉妹、あるひは父󠄃、或は母、或は子、或は田畑を棄つる者は數倍を受け、また永遠󠄄の生命を嗣がん。
30 然れど多くの先なる者後に、後なる者先になるべし。
第20章
1 天國は勞動人を葡萄園に雇ふために、朝󠄃早く出でたる主人のごとし。
2 一日、一デナリの約束をなして、勞動人どもを葡萄園に遣󠄃す。
3 また九時ごろ出でて市場に空󠄃しく立つ者どもを見て、
4 「なんぢらも葡萄園に徃け、相當のものを與へん」といへば、彼らも徃く。
5 十二時頃と三時頃とに復いでて前󠄃のごとくす。
6 五時頃また出でしに、なほ立つ者どものあるを見ていふ「何ゆゑ終󠄃日ここに空󠄃しく立つか」
7 かれら言ふ「たれも我らを雇はぬ故なり」主人いふ「なんぢらも葡萄園に徃け」
8 夕になりて葡萄園の主人その家司に言ふ「勞動人を呼びて、後の者より始め先の者にまで賃銀をはらへ」
9 斯て五時ごろに雇はれしもの來りて、おのおの一デナリを受く。〘30㌻〙
10 先の者きたりて、多く受くるならんと思ひしに、之も亦おのおの一デナリを受く。
11 受けしとき、家主にむかひ呟きて言ふ、
12 「この後の者どもは僅に一時間はたらきたるに、汝は一日の勞と暑さとを忍󠄄びたる我らと均しく、之を遇󠄃へり」
13 主人こたへて其の一人に言ふ「友よ、我なんぢに不正をなさず、汝は我と一デナリの約束をせしにあらずや。
41㌻
14 己が物を取りて徃け、この後の者に汝とひとしく與ふるは、我が意󠄃なり。
15 わが物を我が意󠄃のままに爲るは可からずや、我よきが故に汝の目あしきか」
16 斯のごとく後なる者は先に、先なる者は後になるべし』
17 イエス、エルサレムに上らんと爲給ふとき、窃に十二弟子を近󠄃づけて、途󠄃すがら言ひ給ふ、
18 『視よ、我らエルサレムに上る、人の子は祭司長・學者らに付されん。彼ら之を死に定め、
19 また嘲弄し、鞭ち、十字架につけん爲に異邦人に付さん、斯て彼は三日めに甦へるべし』
20 爰にゼベダイの子らの母、その子らと共に御許にきたり、拜して何事か求めんとしたるに、
21 イエス彼に言ひたまふ『何を望󠄇むか』かれ言ふ『この我が二人の子が汝の御國にて一人は汝の右に、一人は左に坐せんことを命じ給へ』
22 イエス答へて言ひ給ふ『なんぢらは求むる所󠄃を知らず、我が飮まんとする酒杯を飮み得るか』かれら言ふ『得るなり』
23 イエス言ひたまふ『實に汝らは我が酒杯を飮むべし、然れど我が右左に坐することは、これ我の與ふべきものならず、我が父󠄃より備へられたる人こそ與へらるるなれ』
24 十人の弟子これを聞き、二人の兄弟の事によりて憤ほる。
25 イエス彼らを呼びて言ひたまふ『異邦人の君のその民を宰どり、大なる者の民の上に權を執ることは汝らの知る所󠄃なり。
26 汝らの中にては然らず、汝らの中に大ならんと思ふ者は、汝らの役者となり、
27 首たらんと思ふ者は汝らの僕となるべし。
28 斯のごとく人の子の來れるも事へらるる爲にあらず、反つて事ふることをなし、又󠄂おほくの人の贖償として己が生命を與へん爲なり』
42㌻
29 彼らエリコを出づるとき、大なる群衆イエスに從へり。
30 視よ、二人の盲人、路の傍らに坐しをりしが、イエスの過󠄃ぎ給ふことを聞き、叫びて言ふ『主よ、ダビデの子よ、我らを憫みたまへ』
31 群衆かれらを禁めて默さしめんと爲たれど、愈々叫びて言ふ『主よ、ダビデの子よ、我らを憫み給へ』〘31㌻〙
32 イエス立ち止り、彼らを呼びて言ひ給ふ『わが汝らに何を爲さんことを望󠄇むか』
33 彼ら言ふ『主よ、目の開かれんことなり』
34 イエスいたく憫みて彼らの目に觸り給へば、直ちに物見ることを得て、イエスに從へり。
第21章
1 彼らエルサレムに近󠄃づき、オリブ山の邊なるベテパゲに到りし時、イエス二人の弟子を遣󠄃さんとして言ひ給ふ、
2 『向の村にゆけ、やがて繋ぎたる驢馬のその子とともに在るを見ん、解きて我に牽ききたれ。
3 誰かもし汝らに何とか言はば「主の用なり」と言へ、さらば直ちに之を遣󠄃さん』
4 此の事の起󠄃りしは預言者によりて云はれたる言の成就せん爲なり。曰く、
5 『シオンの娘に吿げよ、 「視よ、汝の王、なんぢに來り給ふ。 柔和にして驢馬に乘り、 軛を負󠄅ふ驢馬の子に乘りて」』
6 弟子たち徃きて、イエスの命じ給へる如くして、
7 驢馬とその子とを牽ききたり、己が衣をその上におきたれば、イエス之に乘りたまふ。
8 群衆の多くはその衣を途󠄃にしき、或者は樹の枝を伐りて途󠄃に敷く。
9 かつ前󠄃にゆき後にしたがふ群衆よばはりて言ふ、『ダビデの子に《[*]》ホサナ、讃むべきかな、主の御名によりて來る者。いと高き處にてホサナ』[*「救あれ」との義なり。]
10 遂󠄅にエルサレムに入り給へば、都擧りて騷立ちて言ふ『これは誰なるぞ』
11 群衆いふ『これガリラヤのナザレより出でたる預言者イエスなり』
12 イエス宮に入り、その內なる凡ての賣買する者を逐󠄃ひいだし、兩替する者の臺・鴿を賣る者の腰掛を倒して言ひ給ふ、
43㌻
13 『「わが家は祈の家と稱へらるべし」と錄されたるに汝らは之を强盜の巢となす』
14 宮にて盲人・跛者ども御許に來りたれば、之を醫したまへり。
15 祭司長・學者らイエスの爲し給へる不思議なる業と宮にて呼はり『ダビデの子にホサナ』と言ひをる子等とを見、憤ほりて、
16 イエスに言ふ『なんぢ彼らの言ふところを聞くか』イエス言ひ給ふ『然り「嬰兒・乳󠄃兒の口に讃美を備へ給へり」とあるを未だ讀まぬか』
17 遂󠄅に彼らを離れ、都を出でてベタニヤにゆき、其處に宿り給ふ。
18 朝󠄃早く、都にかへる時イエス飢󠄄ゑたまふ。
19 路の傍なる一もとの無花果の樹を見て、その下に到り給ひしに、葉のほかに何をも見出さず、之に對ひて『今より後いつまでも果を結ばざれ』と言ひ給へば、無花果の樹たちどころに枯れたり。〘32㌻〙
20 弟子たち之を見、怪しみて言ふ、『無花果の樹の斯く立刻に枯れたるは何ぞや』
21 イエス答へて言ひ給ふ『まことに汝らに吿ぐ、もし汝ら信仰ありて疑はずば、啻に此の無花果の樹にありし如きことを爲し得るのみならず、此の山に「移りて海に入れ」と言ふとも亦成るべし。
22 かつ祈のとき何にても信じて求めば、ことごとく得べし』
23 宮に到りて敎へ給ふとき、祭司長・民の長老ら御許に來りて言ふ『何の權威をもて此等の事をなすか、誰がこの權威を授けしか』
24 イエス答へて言ひたまふ『我も一言なんぢらに問はん、もし夫を吿げなば、我もまた何の權威をもて此等のことを爲すかを吿げん。
25 ヨハネのバプテスマは何處よりぞ、天よりか、人よりか』かれら互に論じて言ふ『もし天よりと言はば「何故かれを信ぜざりし」と言はん。
26 もし人よりと言はんか、人みなヨハネを預言者と認󠄃むれば、我らは群衆を恐る』
44㌻
27 遂󠄅に答へて『知らず』と言へり。イエスもまた言ひたまふ『我も何の權威をもて此等のことを爲すか汝らに吿げじ。
28 なんぢら如何に思ふか、或人ふたりの子ありしが、その兄にゆきて言ふ「子よ、今日、葡萄園に徃きて働け」
29 答へて「主よ、我ゆかん」と言ひて終󠄃に徃かず。
30 また弟にゆきて同じやうに言ひしに、答へて「徃かじ」と言ひたれど、後くいて徃きたり。
31 この二人のうち孰か父󠄃の意󠄃を爲しし』彼らいふ『後の者なり』イエス言ひ給ふ『まことに汝らに吿ぐ、取税人と遊󠄃女とは汝らに先だちて神の國に入るなり。
32 それヨハネ義の道󠄃をもて來りしに、汝らは彼を信ぜず、取税人と遊󠄃女とは信じたり。然るに汝らは之を見し後もなほ悔改めずして信ぜざりき。
33 また一つの譬を聽け、ある家主、葡萄園をつくりて籬をめぐらし、中に酒槽を掘り、櫓を建て、農夫どもに貸して遠󠄄く旅立せり。
34 果期ちかづきたれば、その果を受け取らんとて僕らを農夫どもの許に遣󠄃ししに、
35 農夫どもその僕らを執へて一人を打ちたたき、一人をころし、一人を石にて擊てり。
36 復ほかの僕らを前󠄃よりも多く遣󠄃ししに、之をも同じやうに遇󠄃へり。
37 「わが子は敬ふならん」と言ひて、遂󠄅にその子を遣󠄃ししに、
38 農夫ども此の子を見て互に言ふ「これは世嗣なり、いざ殺して、その嗣業を取らん」
39 斯て之をとらへ葡萄園の外に逐󠄃ひ出して殺せり。〘33㌻〙
40 さらば葡萄園の主人きたる時、この農夫どもに何を爲さんか』
41 かれら言ふ『その惡人どもを飽󠄄くまで滅し、果期におよびて果を納󠄃むる他の農夫どもに葡萄園を貸し與ふべし』
42 イエス言ひたまふ『聖󠄄書に、 「造󠄃家者らの棄てたる石は、 これぞ隅の首石となれる、 これ主によりて成れるにて、 我らの目には奇しきなり」とあるを汝ら未だ讀まぬか。
45㌻
43 この故に汝らに吿ぐ、汝らは神の國をとられ、其の果を結ぶ國人は、之を與へらるべし。
44 この石の上に倒るる者はくだけ、又󠄂この石、人のうへに倒るれば、其の人を微塵とせん』
45 祭司長・パリサイ人ら、イエスの譬をきき、己らを指して語り給へるを悟り、
46 イエスを執へんと思へど群衆を恐れたり、群衆かれを預言者とするに因る。
第22章
1 イエスまた譬をもて答へて言ひ給ふ
2 『天國は己が子のために婚筵を設くる王のごとし。
3 婚筵に招きおきたる人々を迎󠄃へんとて僕どもを遺󠄃ししに、來るを肯はず。
4 復ほかの僕どもを遣󠄃すとて言ふ「招きたる人々に吿げよ、視よ、晝餐󠄃は旣に備りたり。我が牛も肥えたる畜も屠られて、凡ての物備りたれば、婚筵に來れと」
5 然るに人々顧󠄃みずして、或者は己が畑に、或者は己が商賣に徃けり。
6 また他の者は僕どもを執へて、辱しめ、かつ殺したれば、
7 王、怒りて軍勢を遣󠄃し、かの兇行者を滅して、其の町を燒きたり。
8 斯て僕どもに言ふ「婚筵は旣に備りたれど、招きたる者どもは相應しからず。
9 然れば汝ら街に徃きて遇󠄃ふほどの者を婚筵に招け」
10 僕ども途󠄃に出でて善きも惡しきも遇󠄃ふほどの者をみな集めたれば、婚禮の席は客にて滿てり。
11 王、客を見んとて入り來り、一人の禮服󠄃を著けぬ者あるを見て、
12 之に言ふ「友よ、如何なれば禮服󠄃を著けずして此處に入りたるか」かれ默しゐたり。
13 ここに王、侍者らに言ふ「その手足を縛りて外の暗󠄃黑に投げいだせ、其處にて哀哭・切齒することあらん」
14 それ招かるる者は多かれど、選󠄄ばるる者は少し』
15 爰にパリサイ人ら出でて如何にしてかイエスを言の羂に係けんと相議り、
16 その弟子らをヘロデ黨の者どもと共に遺󠄃して言はしむ『師よ、我らは知る、なんぢは眞にして、眞をもて神の道󠄃を敎へ、かつ誰をも憚りたまふ事なし、人の外貌を見給はぬ故なり。〘34㌻〙
46㌻
17 されば我らに吿げたまへ、貢をカイザルに納󠄃むるは可きか、惡しきか、如何に思ひたまふ』
18 イエスその邪曲なるを知りて言ひたまふ『僞善者よ、なんぞ我を試むるか。
19 貢の金を我に見せよ』彼らデナリ一つを持ち來る。
20 イエス言ひ給ふ『これは誰の像、たれの號なるか』
21 彼ら言ふ『カイザルのなり』ここに彼らに言ひ給ふ『さらばカイザルの物はカイザルに、神の物は神に納󠄃めよ』
22 彼ら之を聞きて怪しみ、イエスを離れて去り徃けり。
23 復活なしといふサドカイ人ら、その日、みもとに來り問ひて言ふ
24 『師よ、モーセは「人もし子なくして死なば、其の兄弟かれの妻を娶りて兄弟のために世嗣を擧ぐべし」と云へり。
25 我らの中に七人の兄弟ありしが、兄めとりて死に、世嗣なくして其の妻を弟に遺󠄃したり。
26 その二、その三より、その七まで皆かくの如く爲し、
27 最後にその女も死にたり。
28 されば復活の時その女は七人のうち誰の妻たるべきか、彼ら皆これを妻としたればなり』
29 イエス答へて言ひ給ふ『なんぢら聖󠄄書をも神の能力をも知らぬ故に誤れり。
30 それ人よみがへりの時は娶らず、嫁がず、天に在る御使たちの如し。
31 死人の復活に就きては神なんぢらに吿げて、
32 「我はアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神なり」と言ひ給へることを未だ讀まぬか。神は死にたる者の神にあらず、生ける者の神なり』
33 群衆これを聞きて其の敎に驚けり。
34 パリサイ人ら、イエスのサドカイ人らを默さしめ給ひしことを聞きて相集り、
35 その中なる一人の敎法師、イエスを試むる爲に問ふ
47㌻
36 『師よ、律法のうち孰の誡命が大なる』
37 イエス言ひ給ふ『「なんぢ心を盡し、精神を盡し、思を盡して主なる汝の神を愛すべし」
38 これは大にして第一の誡命なり。
39 第二もまた之にひとし「おのれの如く、なんぢの隣を愛すべし」
40 律法全󠄃體と預言者とは此の二つの誡命に據るなり』
41 パリサイ人らの集りたる時、イエス彼らに問ひて言ひ給ふ
42 『なんぢらはキリストに就きて如何に思ふか、誰の子なるか』かれら言ふ『ダビデの子なり』
43 イエス言ひ給ふ『さらばダビデ御靈に感じて何故かれを主と稱ふるか。曰く
44 「主、わが主に言ひ給ふ、 われ汝の敵を汝の足の下に置くまでは、 我が右に坐せよ」
45 斯くダビデ彼を主と稱ふれば、爭でその子ならんや』〘35㌻〙
46 誰も一言だに答ふること能はず、その日より敢て復イエスに問ふ者なかりき。
第23章
1 爰にイエス群衆と弟子たちとに語りて言ひ給ふ、
2 『學者とパリサイ人とはモーセの座を占む。
3 されば凡てその言ふ所󠄃は、守りて行へ、されど、その所󠄃作には效ふな、彼らは言ふのみにて行はぬなり。
4 また重き荷を括りて人の肩にのせ、己は指にて之を動かさんともせず。
5 凡てその所󠄃作は人に見られん爲にするなり。即ちその經札を幅ひろくし、衣の總を大くし、
6 饗宴の上席、會堂の上座、
7 市場にての敬禮、また人にラビと呼ばるることを好む。
8 されど汝らはラビの稱を受くな、汝らの師は一人にして、汝等はみな兄弟なり。
9 地にある者を父󠄃と呼ぶな、汝らの父󠄃は一人、すなはち天に在す者なり。
10 また導󠄃師の稱を受くな、汝らの導󠄃師はひとり、即ちキリストなり。
48㌻
11 汝等のうち大なる者は、汝らの役者とならん。
12 凡そおのれを高うする者は卑うせられ、己を卑うする者は高うせらるるなり。
13 禍害󠄅なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、なんぢらは人の前󠄃に天國を閉して、自ら入らず、入らんとする人の入るをも許さぬなり。
14 [なし]《[*]》[*異本にマルコ傳十二章一四ルカ傳二十章四七とほぼ同じ句あり。]
15 禍害󠄅なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、汝らは一人の改宗者を得んために海陸を經めぐり、旣に得れば、之を己に倍したる《[*]》ゲヘナの子となすなり。[*譯して「地獄の子」とす。]
16 禍害󠄅なるかな、盲目なる手引よ、なんぢらは言ふ「人もし宮を指して誓はば事なし、宮の黄金を指して誓はば果さざるべからず」と。
17 愚にして盲目なる者よ、黄金と黄金を聖󠄄ならしむる宮とは孰か貴き。
18 なんぢら又󠄂いふ「人もし祭壇を指して誓はば事なし、其の上の供物を指して誓はば果さざるべからず」と。
19 盲目なる者よ、供物と供物を聖󠄄ならしむる祭壇とは孰か貴き。
20 されば祭壇を指して誓ふ者は、祭壇とその上の凡ての物とを指して誓ふなり。
21 宮を指して誓ふ者は、宮とその內に住󠄃みたまふ者とを指して誓ふなり。
22 また天を指して誓ふ者は、神の御座とその上に坐したまふ者とを指して誓ふなり。
23 禍害󠄅なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、汝らは薄荷・蒔蘿・クミンの十分󠄃の一を納󠄃めて、律法の中にて尤も重き公平󠄃と憐憫と忠信とを等閑にす。然れど之は行ふべきものなり、而して彼もまた等閑にすべきものならず。
24 盲目なる手引よ、汝らは蚋を漉し出して駱駝を呑むなり。
〘36㌻〙
25 禍害󠄅なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、汝らは酒杯と皿との外を潔󠄄くす、されど內は貪慾と放縱とにて滿つるなり。
49㌻
26 盲目なるパリサイ人よ、汝まづ酒杯の內を潔󠄄めよ、然らば外も潔󠄄くなるべし。
27 禍害󠄅なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、汝らは白く塗りたる墓に似たり、外は美しく見ゆれども內は死人の骨とさまざまの穢とにて滿つ。
28 斯のごとく汝らも外は人に正しく見ゆれども、內は僞善と不法とにて滿つるなり。
29 禍害󠄅なるかな、僞善なる學者、パリサイ人よ、汝らは預言者の墓をたて、義人の碑を飾󠄃りて言ふ、
30 「我らもし先祖の時にありしならば、預言者の血を流すことに與せざりしものを」と。
31 かく汝らは預言者を殺しし者の子たるを自ら證す。
32 なんぢら己が先祖の桝目を充せ。
33 蛇よ、蝮の裔よ、なんぢら爭でゲヘナの刑罰を避󠄃け得んや。
34 この故に視よ、我なんぢらに預言者・智者・學者らを遣󠄃さんに、其の中の或者を殺し、十字架につけ、或者を汝らの會堂にて鞭ち、町より町に逐󠄃ひ苦しめん。
35 之によりて義人アベルの血より、聖󠄄所󠄃と祭壇との間にて汝らが殺ししバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上にて流したる正しき血は、皆なんぢらに報い來らん。
36 誠に汝らに吿ぐ、これらの事はみな今の代に報い來るべし。
37 ああエルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、遣󠄃されたる人々を石にて擊つ者よ、牝鷄のその雛を翼の下に集むるごとく、我なんぢの子どもを集めんと爲しこと幾度ぞや、然れど汝らは好まざりき。
38 視よ、汝らの家は廢てられて汝らに遺󠄃らん。
39 われ汝らに吿ぐ「讃むべきかな、主の名によりて來る者」と、汝等のいふ時の至るまでは、今より我を見ざるべし』
50㌻
第24章
1 イエス宮を出でてゆき給ふとき、弟子たち宮の建造󠄃物を示さんとて御許に來りしに、
2 答へて言ひ給ふ『なんぢら此の一切の物を見ぬか。誠に汝らに吿ぐ、此處に一つの石も崩󠄃されずしては石の上に遺󠄃らじ』
3 オリブ山に坐し給ひしとき、弟子たち窃に御許に來りて言ふ『われらに吿げ給へ、これらの事は何時あるか、又󠄂なんぢの來り給ふと世の終󠄃とには、何の兆あるか』〘37㌻〙
4 イエス答へて言ひ給ふ『なんぢら人に惑されぬやうに心せよ。
5 多くの者わが名を冐し來り「我はキリストなり」と言ひて多くの人を惑さん。
6 又󠄂なんぢら戰爭と戰爭の噂とを聞かん、愼みて懼るな。斯る事はあるべきなり、然れど未だ終󠄃にはあらず。
7 即ち「民は民に、國は國に逆󠄃ひて起󠄃たん」また處々に饑饉と地震とあらん、
8 此等はみな產の苦難の始なり。
9 そのとき人々なんぢらを患難に付し、また殺さん、汝等わが名の爲に、もろもろの國人に憎まれん。
10 その時おほくの人つまづき、且たがひに付し、互に憎まん。
11 多くの僞預言者おこりて多くの人を惑さん。
12 また不法の增すによりて多くの人の愛、冷かにならん。
13 然れど終󠄃まで耐へしのぶ者は救はるべし。
14 御國のこの福音󠄃は、もろもろの國人に證をなさんため全󠄃世界に宣傅へられん、而して後、終󠄃は至るべし。
15 なんぢら預言者ダニエルによりて言はれたる「荒す惡むべき者」の聖󠄄なる處に立つを見ば(讀む者さとれ)
16 その時ユダヤに居る者どもは山に遁れよ。
17 屋の上に居る者はその家の物を取り出さんとして下るな。
18 畑にをる者は上衣を取らんとて歸るな。
19 その日には孕りたる者と乳󠄃を哺まする者とは禍害󠄅なるかな。
20 汝らの遁ぐることの冬または安息日に起󠄃らぬように祈れ。
51㌻
21 そのとき大なる患難あらん、世の創より今に至るまで斯る患難はなく、また後にも無からん。
22 その日もし少くせられずば、一人だに救はるる者なからん、されど選󠄄民の爲にその日少くせらるべし。
23 その時あるひは「視よ、キリスト此處にあり」或は「此處にあり」と言ふ者ありとも信ずな。
24 僞キリスト・僞預言者おこりて大なる徴と不思議とを現し、爲し得べくば選󠄄民をも惑さんと爲るなり。
25 視よ、預じめ之を汝らに吿げおくなり。
26 されば人もし汝らに「視よ、彼は荒野にあり」といふとも出で徃くな「視よ、彼は部屋にあり」と言ふとも信ずな。
27 電光の東より出でて西にまで閃きわたる如く、人の子の來るも亦然らん。
28 それ死骸のある處には《[*]》鷲あつまらん。[*或は「兀鷹」と譯す。]
29 これらの日の患難ののち直ちに日は暗󠄃く、月は光を發たず、星は空󠄃より隕ち、天の萬象、ふるひ動かん。
30 そのとき人の子の兆、天に現れん。そのとき地上の諸族みな嘆き、かつ人の子の能力と大なる榮光とをもて天の雲に乘り來るを見ん。
31 また彼は使たちを大なるラッパの聲とともに遣󠄃さん。使たちは天の此の極より彼の極まで四方より選󠄄民を集めん。
〘38㌻〙
32 無花果の樹よりの譬をまなべ、その枝すでに柔かくなりて葉芽ぐめば、夏の近󠄃きを知る。
33 斯のごとく汝らも此等のすべての事を見ば《[*]》人の子すでに近󠄃づきて門邊に到るを知れ。[*或は「時」と譯す。]
34 誠に汝らに吿ぐ、これらの事ことごとく成るまで、今の代は過󠄃ぎ徃くまじ。
35 天地は過󠄃ぎゆかん、然れど我が言は過󠄃ぎ徃くことなし。
36 その日その時を知る者なし、天の使たちも知らず《[*]》子も知らず、ただ父󠄃のみ知り給ふ。[*異本「子も知らず」の句なし。]
52㌻
37 ノアの時のごとく人の子の來るも然あるべし。
38 曾て洪水の前󠄃ノア方舟に入る日までは、人々飮み食󠄃ひ、娶り嫁がせなどし、
39 洪水の來りて悉とく滅すまでは知らざりき、人の子の來るも然あるべし。
40 その時ふたりの男、畑にをらんに、一人は取られ、一人は遺󠄃されん。
41 二人の女、磨碾きをらんに、一人は取られ、一人は遺󠄃されん。
42 されば目を覺しをれ、汝らの主のきたるは、何れの日なるかを知らざればなり。
43 汝等これを知れ、家主もし盜人いづれの時きたるかを知らば、目をさまし居て、その家を穿たすまじ。
44 この故に汝らも備へをれ、人の子は思はぬ時に來ればなり。
45 主人が時に及びて食󠄃物を與へさする爲に、家の者のうへに立てたる忠實にして慧󠄄き僕は誰なるか。
46 主人のきたる時かく爲し居るを見らるる僕は幸福なり。
47 誠に汝らに吿ぐ、主人すべての所󠄃有を彼に掌どらすべし。
48 若しその僕、惡しくして心のうちに主人は遲しと思ひて、
49 その同輩を扑きはじめ、酒徒らと飮食󠄃を共にせば、
50 その僕の主人おもはぬ日しらぬ時に來りて、
51 之を《[*]》烈しく笞うち、その報を僞善者と同じうせん。其處にて哀哭・切齒することあらん。[*或は「挽き斬り」と譯す。]
第25章
1 このとき天國は燈火を執りて、新郎を迎󠄃へに出づる十人の處女に比ふべし。
2 その中の五人は愚にして五人は慧󠄄し。
3 愚なる者は燈火をとりて油を携へず、
4 慧󠄄きものは油を器に入れて燈火とともに携へたり。
5 新郎、遲かりしかば、皆まどろみて寢ぬ。
6 夜半󠄃に「やよ、新郎なるぞ、出で迎󠄃へよ」と呼はる聲す。
7 ここに處女みな起󠄃きてその燈火を整へたるに、
8 愚なる者は慧󠄄きものに言ふ「なんぢらの油を分󠄃けあたへよ、我らの燈火きゆるなり」〘39㌻〙
53㌻
9 慧󠄄きもの答へて言ふ「恐らくは我らと汝らとに足るまじ、寧ろ賣るものに徃きて己がために買へ」
10 彼ら買はんとて徃きたる間に新郎きたりたれば、備へをりし者どもは彼とともに婚筵にいり、而して門は閉されたり。
11 その後かの他の處女ども來りて「主よ、主よ、われらの爲にひらき給へ」と言ひしに、
12 答へて「まことに汝らに吿ぐ、我は汝らを知らず」と言へり。
13 されば目を覺しをれ、汝らは其の日その時を知らざるなり。
14 また或人とほく旅立せんとして其の僕どもを呼び、之に己が所󠄃有を預くるが如し。
15 各人の能力に應じて或者には五タラント、或者には二タラント、或者には一タラントを與へ置きて旅立せり。
16 五タラントを受けし者は、直ちに徃き、之をはたらかせて他に五タラントを贏け、
17 二タラントを受けし者も同じく他に二タラントを贏く。
18 然るに一タラントを受けし者は、徃きて地を掘り、その主人の銀をかくし置けり。
19 久しうして後この僕どもの主人きたりて、彼らと計算したるに、
20 五タラントを受けし者は他に五タラントを持ちきたりて言ふ「主よ、なんぢ我に五タラントを預けたりしが、視よ、他に五タラントを贏けたり」
21 主人いふ「宜いかな、善かつ忠なる僕、なんぢは僅なる物に忠なりき。我なんぢに多くの物を掌どらせん、汝の主人の勸喜に入れ」
22 二タラントを受けし者も來りて言ふ「主よ、なんぢ我に二タラントを預けたりしが、視よ、他に二タラントを贏けたり」
23 主人いふ「宜いかな、善かつ忠なる僕、なんぢは僅なる物に忠なりき。我なんぢに多くの物を掌どらせん、汝の主人の勸喜にいれ」
54㌻
24 また一タラントを受けし者もきたりて言ふ「主よ、我はなんぢの嚴しき人にて、播かぬ處より刈り、散らさぬ處より斂むることを知るゆゑに、
25 懼れてゆき、汝のタラントを地に藏しおけり。視よ、汝はなんぢの物を得たり」
26 主人こたへて言ふ「惡しく、かつ惰れる僕、わが播かぬ處より刈り、散さぬ處より斂むることを知るか。
27 さらば我が銀を銀行にあづけ置くべかりしなり、我きたりて利子とともに我が物をうけ取りしものを。
28 然れば彼のタラントを取りて十タラントを有てる人に與へよ。
29 すべて有てる人は、與へられて愈々豐ならん。然れど有たぬ者は、その有てる物をも取らるべし。
30 而して此の無益なる僕を外の暗󠄃黑に逐󠄃ひいだせ、其處にて哀哭・切齒することあらん」
〘40㌻〙
31 人の子その榮光をもて、もろもろの御使を率󠄃ゐきたる時、その榮光の座位に坐せん。
32 斯て、その前󠄃にもろもろの國人あつめられん、之を別つこと牧羊者が羊と山羊とを別つ如くして、
33 羊をその右に、山羊をその左におかん。
34 爰に王その右にをる者どもに言はん「わが父󠄃に祝せられたる者よ、來りて世の創より汝等のために備へられたる國を嗣げ。
35 なんぢら我が飢󠄄ゑしときに食󠄃はせ、渇きしときに飮ませ、旅人なりし時に宿らせ、
36 裸なりしときに衣せ、病みしときに訪ひ、獄に在りしときに來りたればなり」
37 爰に正しき者ら答へて言はん「主よ、何時なんぢの飢󠄄ゑしを見て食󠄃はせ、渇きしを見て飮ませし。
38 何時なんぢの旅人なりしを見て宿らせ、裸なりしを見て衣せし。
39 何時なんぢの病み、また獄に在りしを見て、汝にいたりし」
40 王こたへて言はん「まことに汝らに吿ぐ、わが兄弟なる此等のいと小き者の一人になしたるは、即ち我に爲したるなり」
41 斯てまた左にをる者どもに言はん「詛はれたる者よ、我を離れて惡魔󠄃とその使らとのために備へられたる永遠󠄄の火に入れ。
55㌻
42 なんぢら我が飢󠄄ゑしときに食󠄃はせず、渇きしときに飮ませず、
43 旅人なりしときに宿らせず、裸なりしときに衣せず、病みまた獄にありしときに訪はざればなり」
44 爰に彼らも答へて言はん「主よ、いつ汝の飢󠄄ゑ、或は渇き、或は旅人、あるひは裸、あるひは病み、或は獄に在りしを見て事へざりし」
45 ここに王こたへて言はん「誠になんぢらに吿ぐ、此等のいと小きものの一人に爲さざりしは、卽ち我になさざりしなり」と。
46 斯て、これらの者は去りて永遠󠄄の刑罰にいり、正しき者は永遠󠄄の生命に入らん』
第26章
1 イエスこれらの言をみな語りをへて、弟子たちに言ひ給ふ
2 『なんぢらの知るごとく、二日の後は過󠄃越の祭なり、人の子は十字架につけられん爲に賣らるべし』
3 そのとき祭司長・民の長老ら、カヤパといふ大祭司の中庭に集り、
4 詭計をもてイエスを捕へ、かつ殺さんと相議りたれど、
5 又󠄂いふ『まつりの間は爲すべからず、恐らくは民の中に亂起󠄃らん』
6 イエス、ベタニヤにて癩病人シモンの家に居給ふ時、
7 ある女、石膏の壺に入りたる貴き香油を持ちて、近󠄃づき來り食󠄃事の席に就き居給ふイエスの首に注げり。〘41㌻〙
8 弟子たち之を見て憤ほり言ふ『何故かく濫なる費を爲すか。
9 之を多くの金に賣りて、貧󠄃しき者に施すことを得たりしものを』
10 イエス之を知りて言ひたまふ『何ぞこの女を惱すか、我に善き事をなせるなり。
11 貧󠄃しき者は常に汝らと偕にをれど、我は常に偕に居らず。
12 この女の我が體に香油を注ぎしは、わが葬りの備をなせるなり。
56㌻
13 誠に汝らに吿ぐ、全󠄃世界、何處にてもこの福音󠄃の宣傅へらるる處には、この女のなしし事も、記念として語らるべし』
14 ここに十二弟子の一人イスカリオテのユダといふ者、祭司長らの許にゆきて言ふ
15 『なんぢらに彼を付さば、何ほど我に與へんとするか』彼ら《[*]》銀三十を量り出せり。[*或は「銀三十と定めたり」と譯す。]
16 ユダこの時よりイエスを付さんと好き機を窺ふ。
17 除酵祭の初の日、弟子たちイエスに來りて言ふ『過󠄃越の食󠄃をなし給ふために何處に我らが備ふる事を望󠄇み給ふか』
18 イエス言ひたまふ『都にゆき、某のもとに到りて「師いふ、わが時近󠄃づけり。われ弟子たちと共に過󠄃越を汝の家にて守らん」と言へ』
19 弟子たちイエスの命じ給ひし如くして、過󠄃越の備をなせり。
20 日暮れて十二弟子とともに席に就きて、
21 食󠄃するとき言ひ給ふ『まことに汝らに吿ぐ、汝らの中の一人、われを賣らん』
22 弟子たち甚く憂ひて、おのおの『主よ、我なるか』と言ひいでしに、
23 答へて言ひたまふ『我とともに手を鉢に入るる者われを賣らん。
24 人の子は己に就きて錄されたる如く逝󠄃くなり。されど人の子を賣る者は禍害󠄅なるかな、その人は生れざりし方よかりしものを』
25 イエスを賣るユダ答へて言ふ『ラビ、我なるか』イエス言ひ給ふ『なんぢの言へる如し』
26 彼ら食󠄃しをる時イエス、パンをとり、祝してさき、弟子たちに與へて言ひ給ふ『取りて食󠄃へ、これは我が體なり』
27 また酒杯をとりて謝し、彼らに與へて言ひ給ふ『なんぢら皆この酒杯より飮め。
28 これは契約のわが血なり、多くの人のために罪の赦を得させんとて、流す所󠄃のものなり。
29 われ汝らに吿ぐ、わが父󠄃の國にて新しきものを汝らと共に飮む日までは、われ今より後この葡萄の果より成るものを飮まじ』
57㌻
30 彼ら讃美を歌ひて後オリブ山に出でゆく。
31 ここにイエス弟子たちに言ひ給ふ『今宵󠄃なんぢら皆われに就きて躓かん「われ牧羊者を打たん、さらば群の羊散るべし」と錄されたるなり。
32 されど我よみがへりて後、なんぢらに先だちてガリラヤに徃かん』〘42㌻〙
33 ペテロ答へて言ふ『假令みな汝に就きて躓くとも我はいつまでも躓かじ』
34 イエス言ひ給ふ『まことに汝に吿ぐ、今宵󠄃、鷄鳴く前󠄃に、なんぢ三たび我を否むべし』
35 ペテロ言ふ『我なんぢと共に死ぬべき事ありとも汝を否まず』弟子たち皆かく言へり。
36 爰にイエス彼らと共にゲツセマネといふ處にいたりて、弟子たちに言ひ給ふ『わが彼處にゆきて祈る間、なんぢら此處に坐せよ』
37 斯てペテロとゼベダイの子二人とを伴󠄃ひゆき、憂ひ悲しみ出でて言ひ給ふ、
38 『わが心いたく憂ひて死ぬばかりなり。汝ら此處に止まりて我と共に目を覺しをれ』
39 少し進󠄃みゆきて、平󠄃伏し祈りて言ひ給ふ『わが父󠄃よ、もし得べくば此の酒杯を我より過󠄃ぎ去らせ給へ。されど我が意󠄃の儘にとにはあらず、御意󠄃のままに爲し給へ』
40 弟子たちの許にきたり、その眠れるを見てペテロに言ひ給ふ『なんぢら斯く一時も我と共に目を覺し居ること能はぬか。
41 誘惑に陷らぬやう目を覺し、かつ祈れ。實に心は熱すれども肉體よわきなり』
42 また二度ゆき祈りて言ひ給ふ『わが父󠄃よ、この酒杯もし我飮までは過󠄃ぎ去りがたくば、御意󠄃のままに成し給へ』
43 復きたりて彼らの眠れるを見たまふ、是その目疲れたるなり。
44 また離れゆきて三たび同じ言にて祈り給ふ。
58㌻
45 而して弟子たちの許に來りて言ひ給ふ『今は眠りて休め。視よ、時近󠄃づけり、人の子は罪人らの手に付さるるなり。
46 起󠄃きよ、我ら徃くべし。視よ、我を賣るもの近󠄃づけり』
47 なほ語り給ふほどに、視よ、十二弟子の一人なるユダ來る、祭司長・民の長老らより遣󠄃されたる大なる群衆、劍と棒とをもちて之に伴󠄃ふ。
48 イエスを賣るもの預じめ合圖を示して言ふ『わが接吻する者はそれなり、之を捕へよ』
49 かくて直ちにイエスに近󠄃づき『ラビ、安かれ』といひて接吻したれば、
50 イエス言ひたまふ『友よ《[*]》何とて來る』このとき人々すすみてイエスに手をかけて捕ふ。[*或は「なんぢの成さんとて來れることを成せ」と譯す。]
51 視よ、イエスと偕にありし者のひとり手をのべ、劍を拔きて、大祭司の僕をうちて、その耳を切り落せり。
52 ここにイエス彼に言ひ給ふ『なんぢの劍をもとに收めよ、すべて劍をとる者は劍にて亡ぶるなり。
53 我わが父󠄃に請󠄃ひて十二軍に餘る御使を今あたへらるること能はずと思ふか。
54 もし然せば斯くあるべく錄したる聖󠄄書はいかで成就すべき』
55 この時イエス群衆に言ひ給ふ『なんぢら强盜に向ふごとく劍と棒とをもち、我を捕へんとて出で來るか。我は日々宮に坐して敎へたりしに、汝ら我を捕へざりき。〘43㌻〙
56 されど斯の如くなるは、みな預言者たちの書の成就せん爲なり』爰に弟子たち皆イエスを棄てて逃󠄄げさりぬ。
57 イエスを捕へたる者ども、學者・長老らの集り居る大祭司カヤパの許に曵きゆく。
58 ペテロ遠󠄄く離れイエスに從ひて大祭司の中庭まで到り、その成行を見んとて、そこに入り下役どもと共に坐せり。
59 祭司長らと全󠄃議會と、イエスを死に定めんとて、僞りの證據を求めたるに、
60 多くの僞證者いでたれども得ず。後に二人の者いでて言ふ
59㌻
61 『この人は「われ神の《[*]》宮を毀ち三日にて建て得べし」と云へり』[*或は「聖󠄄所󠄃」と譯す。]
62 大祭司たちてイエスに言ふ『この人々が汝に對して立つる證據に何をも答へぬか』
63 されどイエス默し居給ひたれば、大祭司いふ『われ汝に命ず、活ける神に誓ひて我らに吿げよ、汝はキリスト、神の子なるか』
64 イエス言ひ給ふ『なんぢの言へる如し。かつ我なんぢらに吿ぐ、今より後、なんぢら人の子の、全󠄃能者の右に坐し、天の雲に乘りて來るを見ん』
65 ここに大祭司おのが衣を裂きて言ふ『かれ瀆言をいへり、何ぞ他に證人を求めん。視よ、なんぢら今この瀆言をきけり。
66 いかに思ふか』答へて言ふ『かれは死に當れり』
67 ここに彼等その御顏に唾し拳にて搏ち、或者どもは手掌にて批きて言ふ
68 『キリストよ、我らに預言せよ、汝をうちし者は誰なるか』
69 ペテロ外にて中庭に坐しゐたるに、一人の婢女きたりて言ふ『なんぢも、ガリラヤ人イエスと偕にゐたり』
70 かれ凡ての人の前󠄃に肯はずして言ふ『われは汝の言ふことを知らず』
71 かくて門まで出で徃きたるとき他の婢女かれを見て、其處にをる者どもに向ひて『この人はナザレ人イエスと偕にゐたり』と言へるに、
72 重ねて肯はず契ひて『我はその人を知らず』といふ。
73 暫くして其處に立つ者ども近󠄃づきてペテロに言ふ『なんぢも慥にかの黨與なり、汝の國訛なんぢを表せり』
74 爰にペテロ盟ひ、かつ契ひて『我その人を知らず』と言ひ出づるをりしも、鷄鳴きぬ。
75 ペテロ『にはとり鳴く前󠄃に、なんぢ三度われを否まん』とイエスの言ひ給ひし御言を思ひだし、外に出でて甚く泣けり。〘44㌻〙
第27章
1 夜明になりて凡ての祭司長・民の長老ら、イエスを殺さんと相議り、
2 遂󠄅に之を縛り、曵きゆきて總督ピラトに付せり。
60㌻
3 爰にイエスを賣りしユダ、その死に定められ給ひしを見て悔い、祭司長・長老らに、かの三十の銀をかへして言ふ、
4 『われ罪なきの血を賣りて罪を犯したり』彼らいふ『われら何ぞ干らん、汝みづから當るべし』
5 彼その銀を聖󠄄所󠄃に投げすてて去り、ゆきて自ら縊れたり。
6 祭司長ら、その銀をとりて言ふ『これは血の價なれば、宮の庫に納󠄃むるは可からず』
7 斯て相議り、その銀をもて陶工の畑を買ひ、旅人らの墓地とせり。
8 之によりて其の畑は、今に至るまで血の畑と稱へらる。
9 ここに預言者エレミヤによりて云はれたる言は成就したり。曰く『かくて《[*]》彼ら値積られしもの、即ちイスラエルの子らが値積りし者の價の銀三十をとりて、[*或は「われ」と譯す。]
10 陶工の畑の代に之を與へたり。主の我に命じ給ひし如し』
11 さてイエス、總督の前󠄃に立ち給ひしに、總督、問ひて言ふ『なんぢはユダヤ人の王なるか』イエス言ひ給ふ『なんぢの言ふが如し』
12 祭司長・長老ら訴ふれども、何をも答へ給はず。
13 爰にピラト彼に言ふ『聞かぬか、彼らが汝に對して如何に《[*]》おほくの證據を立つるを』[*或ば「重大なる」と譯す。]
14 されど總督の甚く怪しむまで、一言をも答へ給はず。
15 祭の時には、總督群衆の望󠄇にまかせて、囚人一人を之に赦す例あり。
16 爰にバラバといふ隱れなき囚人あり。
17 されば人々の集れる時、ピラト言ふ『なんぢら我が誰を赦さんことを願ふか。バラバなるか、キリストと稱ふるイエスなるか』
18 これピラト彼らのイエスを付ししは嫉に因ると知る故なり。
19 彼なほ審判󠄄の座にをる時、その妻、人を遣󠄃して言はしむ『かの義人に係ることを爲な、我けふ夢の中にて彼の故にさまざま苦しめり』
20 祭司長・長老ら、群衆にバラバの赦されん事を請󠄃はしめ、イエスを亡さんことを勸む。
61㌻
21 總督こたへて彼らに言ふ『二人の中いづれを我が赦さん事を願ふか』彼らいふ『バラバなり』
22 ピラト言ふ『さらばキリストと稱ふるイエスを我いかに爲べきか』皆いふ『十字架につくべし』
23 ピラト言ふ『かれ何の惡事をなしたるか』彼ら烈しく叫びていふ『十字架につくべし』
24 ピラトは何の效なく反つて亂にならんとするを見て、水をとり群衆のまへに手を洗ひて言ふ『この人の血につきて我は罪なし、汝等みづから當れ』〘45㌻〙
25 民みな答へて言ふ『其の血は、我らと我らの子孫とに歸すべし』
26 爰にピラト、バラバを彼らに赦し、イエスを鞭うちて十字架につくる爲に付せり。
27 ここに總督の兵卒ども、イエスを官邸につれゆき、全󠄃隊を御許に集め、
28 その衣をはぎて、緋色の上衣をきせ、
29 茨の冠冕を編みて、その首に冠らせ、葦を右の手にもたせ且その前󠄃に跪づき、嘲弄して言ふ『ユダヤ人の王、安かれ』
30 また之に唾し、かの葦をとりて其の首を叩く。
31 かく嘲弄してのち、上衣を剝ぎて、故の衣をきせ、十字架につけんとて曵きゆく。
32 その出づる時、シモンといふクレネ人にあひしかば、强ひて之にイエスの十字架をおはしむ。
33 斯てゴルゴタといふ處、即ち髑髏の地にいたり、
34 苦味を混ぜたる葡萄酒を飮ませんとしたるに、嘗めて、飮まんとし給はず。
35 彼らイエスを十字架につけてのち、籤をひきて其の衣をわかち、
36 且そこに坐して、イエスを守る。
37 その首の上に『これはユダヤ人の王イエスなり』と記したる罪標を置きたり。
38 爰にイエスとともに二人の强盜、十字架につけられ、一人はその右に、一人はその左におかる。
62㌻
39 徃來の者どもイエスを譏り、首を振りていふ、
40 『《[*]》宮を毀ちて三日のうちに建つる者よ、もし神の子ならば己を救へ、十字架より下りよ』[*或は「聖󠄄所󠄃」と譯す。]
41 祭司長らも、また同じく學者・長老らとともに、嘲弄して言ふ、
42 『人を救ひて己を救ふこと能はず。彼はイスラエルの王なり、いま十字架より下りよかし、さらば我ら彼を信ぜん。
43 彼は神に依り賴めり、神かれを愛しまば今すくひ給ふべし「我は神の子なり」と云へり』
44 ともに十字架につけられたる强盜どもも、同じ事をもてイエスを罵れり。
45 晝の十二時より地の上あまねく暗󠄃くなりて、三時に及ぶ。
46 三時ごろイエス大聲に叫びて『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』と言ひ給ふ。わが神、わが神、なんぞ我を見棄て給ひしとの意󠄃なり。
47 そこに立つ者のうち或る人々これを聞きて『彼はエリヤを呼ぶなり』と言ふ。
48 直ちにその中の一人はしりゆきて海綿をとり、酸き葡萄酒を含ませ、葦につけてイエスに飮ましむ。
49 その他の者ども言ふ『まて、エリヤ來りて彼を救ふや否や、我ら之を見ん』
50 イエス再び大聲に呼はりて息絕えたまふ。
51 視よ、聖󠄄所󠄃の幕、上より下まで裂けて二つとなり、また地震ひ、磐さけ、
52 墓ひらけて、眠りたる聖󠄄徒の屍體おほく活きかへり、〘46㌻〙
53 イエスの復活ののち墓をいで、聖󠄄なる都に入りて、多くの人に現れたり。
54 百卒長および之と共にイエスを守りゐたる者ども、地震とその有りし事とを見て、甚く懼れ『實に彼は神の子なりき』と言へり。
55 その處にて遙に望󠄇みゐたる多くの女あり、イエスに事へてガリラヤより從ひ來りし者どもなり。
56 その中には、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ及びゼベダイの子らの母などもゐたり。
63㌻
57 日暮れて、ヨセフと云ふアリマタヤの富める人きたる。彼もイエスの弟子なるが、
58 ピラトに徃きてイエスの屍體を請󠄃ふ。ここにピラト之を付すことを命ず。
59 ヨセフ屍體をとりて淨き亞麻󠄃布につつみ、
60 岩にほりたる己が新しき墓に納󠄃め、墓の入口に大なる石を轉しおきて去りぬ。
61 其處にはマグダラのマリヤと他のマリヤと墓に向ひて坐しゐたり。
62 あくる日、即ち準備日の翌󠄃日、祭司長らとパリサイ人らとピラトの許に集りて言ふ、
63 『主よ、かの惑すもの生き居りし時「われ三日の後に甦へらん」と言ひしを、我ら思ひいだせり。
64 されば命じて三日に至るまで墓を固めしめ給へ、恐らくはその弟子ら來りて之を盜み「彼は死人の中より甦へれり」と民に言はん。然らば後の惑は前󠄃のよりも甚だしからん』
65 ピラト言ふ『《[*]》なんぢらに番兵あり、徃きて力限り固めよ』[*或は「汝ら番兵か用ひよ」と譯す。]
66 乃ち彼らゆきて石に封印し、番兵を置きて墓を固めたり。
第28章
1 さて安息日をはりて、一週󠄃の初の日のほの明き頃、マグダラのマリヤと他のマリヤと墓を見んとて來りしに、
2 視よ、大なる地震あり、これ主の使、天より降り來りて、かの石を轉ばし退󠄃け、その上に坐したるなり。
3 その狀は電光のごとく輝き、その衣は雪󠄃のごとく白し。
4 守の者ども彼を懼れたれば、戰きて死人の如くなりぬ。
5 御使、こたへて女たちに言ふ『なんぢら懼るな、我なんぢらが十字架につけられ給ひしイエスを尋󠄃ぬるを知る。
6 此處には在さず、その言へる如く甦へり給へり。來りてその置かれ給ひし處を見よ。
7 かつ速󠄃かに徃きて、その弟子たちに「彼は死人の中より甦へり給へり。視よ、汝らに先だちてガリラヤに徃き給ふ、彼處にて謁ゆるを得ん」と吿げよ。視よ、汝らに之を吿げたり』〘47㌻〙
64㌻
8 女たち懼と大なる歡喜とをもて、速󠄃かに墓を去り、弟子たちに知らせんとて走りゆく。
9 視よ、イエス彼らに遇󠄃ひて『安かれ』と言ひ給ひたれば、進󠄃みゆき、御足を抱きて拜す。
10 爰にイエス言ひたまふ『懼るな、徃きて我が兄弟たちに、ガリラヤにゆき、彼處にて我を見るべきことを知らせよ』
11 女たちの徃きたるとき、視よ、番兵のうちの數人、都にいたり、凡て有りし事どもを祭司長らに吿ぐ。
12 祭司長ら、長老らと共に集りて相議り、兵卒どもに多くの銀を與へて言ふ、
13 『なんぢら言へ「その弟子ら夜きたりて、我らの眠れる間に彼を盜めり」と。
14 この事もし總督に聞えなば、我ら彼を宥めて汝らに憂なからしめん』
15 彼ら銀をとりて言ひ含められたる如く爲たれば、此の話ユダヤ人の中にひろまりて、今日に至れり。
16 十一弟子たちガリラヤに徃きて、イエスの命じ給ひし山にのぼり、
17 遂󠄅に謁えて拜せり。然れど疑ふ者もありき。
18 イエス進󠄃みきたり、彼らに語りて言ひたまふ『我は天にても地にても一切の權を與へられたり。
19 然れば汝ら徃きて、もろもろの國人を弟子となし、父󠄃と子と聖󠄄靈との名によりてバプテスマを施し、
20 わが汝らに命ぜし凡ての事を守るべきを敎へよ。視よ、我は世の終󠄃まで常に汝らと偕に在るなり』〘48㌻〙
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