〘1146㌻〙
第1章
1 ダビデの子 ヱルサレムの王 傳道󠄃者の言
2 傳道󠄃者言く 空󠄃の空󠄃 空󠄃の空󠄃なる哉 都て空󠄃なり
3 日の下に人の勞して爲ところの諸の動作はその身に何の益かあらん
4 世は去り世は來る 地は永久に長存なり
5 日は出で日は入り またその出し處に喘ぎゆくなり
6 風は南に行き又󠄂轉りて北にむかひ 旋轉に旋りて行き 風復その旋轉る處にかへる。
7 河はみな海に流れ入る 海は盈ること無し 河はその出きたれる處に復還󠄃りゆくなり
8 萬の物は勞苦す 人これを言つくすことあたはず 目は見に飽󠄄ことなく耳は聞に充ること無し
9 曩に有し者はまた後にあるべし 曩に成し事はまた後に成べし 日の下には新しき者あらざるなり
10 見よ是は新しき者なりと指て言べき物あるや 其は我等の前󠄃にありし世々に旣に久しくありたる者なり
11 己前󠄃のものの事はこれを記憶ることなし 以後のものの事もまた後に出る者これをおぼゆることあらじ
12 われ傳道󠄃者はヱルサレムにありてイスラエルの王たりき
13 我心を盡し智慧󠄄をもちひて天が下に行はるる諸の事を尋󠄃ねかつ考覈たり此苦しき事件は神が世の人にさづけて之に身を勞せしめたまふ者なり
14 我日の下に作ところの諸の行爲を見たり 嗚呼皆空󠄃にして風を捕ふるがごとし
15 曲れる者は直からしむるあたはず缺たる者は數をあはするあたはず
16 我心の中に語りて言ふ 嗚呼我は大なる者となれり 我より先にヱルサレムにをりしすべての者よりも我は多くの智慧󠄄を得たり 我心は智慧󠄄と知識を多く得たり
17 我心を盡して智慧󠄄を知んとし狂妄と愚癡を知んとしたりしが 是も亦風を捕ふるがごとくなるを曉れり
1146㌻
18 夫智慧󠄄多ければ憤激多し 知識を增す者は憂患を增す
第2章
1 我わが心に言けらく 來れ我試みに汝をよろこばせんとす 汝逸樂をきはめよと 嗚呼是もまた空󠄃なりき
2 我笑を論ふ是は狂なり 快樂を論ふ是何の爲ところあらんやと
3 我心に智慧󠄄を懷きて居つつ酒をもて肉身を肥さんと試みたり 又󠄂世の人は天が下において生涯如何なる事をなさば善らんかを知んために我は愚なる事を行ふことをせり〘882㌻〙
4 我は大なる事業をなせり 我はわが爲に家を建て葡萄園を設け
5 園をつくり囿をつくり 又󠄂菓のなる諸の樹を其處に植ゑ
6 また水の塘池をつくりて樹木の生茂れる林に其より水を灌がしめたり
7 我は僕婢を買得たり また家の子あり 我はまた凡て我より前󠄃にヱルサレムにをりし者よりも衆多の牛羊を有り
8 我は金銀を積み 王等と國々の財寶を積あげたり また歌詠之男女を得 世の人の樂なる妻妾を多くえたり
9 斯我は大なる者となり 我より前󠄃にヱルサレムにをりし諸の人よりも大になりぬ 吾智慧󠄄もまたわが身を離れざりき
10 凡そわが目の好む者は我これを禁ぜす 凡そわが心の悅ぶ者は我これを禁ぜざりき 即ち我はわが諸の勞苦によりて快樂を得たり 是は我が諸の勞苦によりて得たるところの分󠄃なり
11 我わが手にて爲たる諸の事業および我が勞して事を爲たる勞苦を顧󠄃みるに 皆空󠄃にして風を捕ふるが如くなりき 日の下には益となる者あらざるなり
12 我また身を轉らして智慧󠄄と狂妄と愚癡とを觀たり 抑王に嗣ぐところの人は如何なる事を爲うるや その旣になせしところの事に過󠄃ざるべし
13 光明の黑暗󠄃にまさるがごとく智慧󠄄は愚癡に勝󠄃るなり 我これを曉れり
1147㌻
14 智者の目はその頭にあり愚者は黑暗󠄃に步む 然ど我しる其みな遇󠄃ふところの事は同一なり
15 我心に謂けらく 愚者の遇󠄃ふところの事に我もまた遇󠄃ふべければ 我なんぞ智慧󠄄のまさる所󠄃あらんや 我また心に謂り是も亦空󠄃なるのみと
16 夫智者も愚者と均しく永く世に記念らるることなし 來らん世にいたれば皆早く旣に忘らるるなり 嗚呼智者の愚者とおなじく死るは是如何なる事ぞや
17 是に於て我世にながらふることを厭へり 凡そ日の下に爲ところの事は我に惡く見ればなり 即ち皆空󠄃にして風を捕ふるがごとし
18 我は日の下にわが勞して諸の動作をなしたるを恨む其は我の後を嗣ぐ人にこれを遺󠄃さゞるを得ざればなり
19 其人の智愚は誰かこれを知らん然るにその人は日の下に我が勞して爲し智慧󠄄をこめて爲たる諸の工作を管理るにいたらん是また空󠄃なり
20 我身をめぐらし日の下にわが勞して爲たる諸の動作のために望󠄇を失へり
21 今茲に人あり 智慧󠄄と知識と才能をもて勞して事をなさんに終󠄃には之がために勞せざる人に一切を遺󠄃してその所󠄃有となさしめざるを得ざるなり 是また空󠄃にして大に惡し〘883㌻〙
22 夫人はその日の下に勞して爲ところの諸の動作とその心勞によりて何の得ところ有るや
23 その世にある日には常に憂患あり その勞苦は苦し その心は夜の間も安んずることあらず 是また空󠄃なり
24 人の食󠄃飮をなしその勞苦によりて心を樂しましむるは幸福なる事にあらず 是もまた神の手より出るなり 我これを見る
25 誰かその食󠄃ふところその歡樂を極むるところに於て我にまさる者あらん
26 神はその心に適󠄄ふ人には智慧󠄄と知識と喜樂を賜ふ 然れども罪を犯す人には勞苦を賜ひて斂めかつ積ことを爲さしむ 是は其を神の心に適󠄄ふ人に與へたまはんためなり 是もまた空󠄃にして風を捕ふるがごとし
1148㌻
第3章
1 天が下の萬の事には期あり 萬の事務には時あり
2 生るるに時あり死るに時あり 植るに時あり植たる者を拔に時あり
3 殺すに時あり醫すに時あり 毀つに時あり建るに時あり
4 泣に時あり笑ふに時あり 悲むに時あり躍󠄃るに時あり
5 石を擲つに時あり石を斂むるに時あり 懷くに時あり懷くことをせざるに時あり
6 得に時あり失ふに時あり 保つに時あり棄るに時あり
7 裂に時あり縫󠄃に時あり 默すに時あり語るに時あり
8 愛しむに時あり惡むに時あり 戰ふに時あり和ぐに時あり
9 働く者はその勞して爲ところよりして何の益を得んや
10 我神が世の人にさづけて身をこれに勞せしめたまふところの事件を視たり
11 神の爲したまふところは皆その時に適󠄄ひて美麗しかり 神はまた人の心に永遠󠄄をおもふの思念を賦けたまへり 然ば人は神のなしたまふ作爲を始より終󠄃まで知明むることを得ざるなり
12 我知る人の中にはその世にある時に快樂をなし善をおこなふより外に善事はあらず
13 また人はみな食󠄃飮をなしその勞苦によりて逸樂を得べきなり 是すなはち神の賜物たり
14 我知る凡て神のなしたまふ事は限なく存せん 是は加ふべき所󠄃なく是は減すべきところ無し 神の之をなしたまふは人をしてその前󠄃に畏れしめんがためなり
15 昔ありたる者は今もあり 後にあらん者は旣にありし者なり 神はその遂󠄅やられし者を索めたまふ
16 我また日の下を見るに審判󠄄をおこなふ所󠄃に邪曲なる事あり 公義を行ふところに邪曲なる事あり
17 我すなはち心に謂けらく神は義者と惡者とを鞫きたまはん 彼處において萬の事と萬の所󠄃爲に時あるなり〘884㌻〙
18 我また心に謂けらく是事あるは是世の人のためなり 即ち神は斯世の人を撿して之にその獸のごとくなることを自ら曉らしめ給ふなり
19 世の人に臨むところの事はまた獸にも臨む この二者に臨むところの事は同一にして是も死ば彼も死るなり 皆同一の呼吸に依れり 人は獸にまさる所󠄃なし皆空󠄃なり
1149㌻
20 皆一の所󠄃に徃く 皆塵より出で皆塵にかへるなり
21 誰か人の魂の上に昇り獸の魂の地にくだることを知ん
22 然ば人はその動作によりて逸樂をなすに如はなし 是その分󠄃なればなり 我これを見る その身の後の事は誰かこれを携へゆきて見さしむる者あらんや
第4章
1 茲に我身を轉して日の下に行はるる諸の虐󠄃遇󠄃を視たり 嗚呼虐󠄃げらる者の淚ながる 之を慰むる者あらざるなり また虐󠄃ぐる者の手には權力あり 彼等はこれを慰むる者あらざるなり
2 我は猶生る生者よりも旣に死たる死者をもて幸なりとす
3 またこの二者よりも幸なるは未だ世にあらずして日の下におこなはるる惡事を見ざる者なり
4 我また諸の勞苦と諸の工事の精巧とを觀るに 是は人のたがひに嫉みあひて成せる者たるなり 是も空󠄃にして風を捕ふるが如し
5 愚なる者は手を束ねてその身の肉を食󠄃ふ
6 片手に物を盈て平󠄃穩にあるは 兩手に物を盈て勞苦て風を捕ふるに愈れり
7 我また身をめぐらし日の下に空󠄃なる事のあるを見たり
8 茲に人あり只獨にして伴󠄃侶もなく子もなく兄弟もなし 然るにその勞苦は都て窮なくの目は富に飽󠄄ことなし 彼また言ず嗚呼我は誰がために勞するや何とて我は心を樂ませざるやと 是もまた空󠄃にして勞力の苦き者なり
9 二人は一人に愈る其はその勞苦のために善報を得ればなり
10 即ちその跌倒る時には一箇の人その伴󠄃侶を扶けおこすべし 然ど孤身にして跌倒る者は憐なるかな之を扶けおこす者なきなり
11 又󠄂二人ともに寢れば溫暖なり一人ならば爭で溫暖ならんや
12 人もしその一人を攻擊ば二人してこれに當るべし 三根の繩は容易く斷ざるなり
1150㌻
13 貧󠄃くして賢き童子は 老て愚にして諫を納󠄃れざる王に愈る
14 彼は牢獄より出て王となれり 然どその國に生れし時は貧󠄃かりき
15 我日の下にあゆむところの群生が彼王に續てこれに代りて立ところの童子とともにあるを觀たり〘885㌻〙
16 民はすべて際限なし その前󠄃にありし者みな然り 後にきたる者また彼を悅ばず 是も空󠄃にして風を捕ふるがごとし
第5章
1 汝ヱホバの室にいたる時にはその足を愼め 進󠄃みよりて聽聞は愚なる者の犧牲にまさる 彼等はその惡をおこなひをることを知ざるなり
2 汝神の前󠄃にありては輕々し口を開くなかれ 心を攝めて妄に言をいだすなかれ 其は神は天にいまし汝は地にをればなり 然ば汝の言詞を少からしめよ
3 夫夢は事の繁多によりて生じ 愚なる者の聲は言の衆多によりて識るなり
4 汝神に誓願をかけなば之を還󠄃すことを怠るなかれ 神は愚なる者を悅びたまはざるなり 汝はそのかけし誓願を還󠄃すべし
5 誓願をかけてこれを還󠄃さざるよりは寧ろ誓願をかけざるは汝に善し
6 汝の口をもて汝の身に罪を犯さしむるなかれ 亦使者の前󠄃に其は過󠄃誤なりといふべからず 恐くは神汝の言を怒り汝の手の所󠄃爲を滅したまはん
7 夫夢多ければ空󠄃なる事多し 言詞の多きもまた然り 汝ヱホバを畏め
8 汝國の中に貧󠄃き者を虐󠄃遇󠄃る事および公道󠄃と公義を枉ることあるを見るもその事あるを怪むなかれ 其はその位高き人よりも高き者ありてその人を伺へばなり又󠄂其等よりも高き者あるなり
9 國の利益は全󠄃く是にあり 即ち王者が農事に勤むるにあるなり
10 銀を好む者は銀に飽󠄄こと無し 豐富ならんことを好む者は得るところ有らず 是また空󠄃なり
11 貨財增せばこれを食󠄃む者も增すなり その所󠄃有主は唯目にこれを看るのみ その外に何の益かあらん
1151㌻
12 勞する者はその食󠄃ふところは多きも少きも快く睡るなり 然れども富者はその貨財の多きがために睡ることを得せず
13 我また日の下に患の大なる者あるを見たり すなはち財寶のこれを蓄ふる者の身に害󠄅をおよぼすことある是なり
14 その財寶はまた災難によりて失落ことあり 然ばその人子を擧ることあらんもその手には何物もあることなし
15 人は母の胎より出て來りしごとくにまた裸體にして皈りゆくべし その勞苦によりて得たる者を毫厘も手にとりて携へゆくことを得ざるなり
16 人は全󠄃くその來りしごとくにまた去ゆかざるを得ず 是また患の大なる者なり 抑風を追󠄃て勞する者何の益をうること有んや
17 人は生命の涯黑暗󠄃の中に食󠄃ふことを爲す また憂愁多かり 疾病身にあり 憤怒あり
〘886㌻〙
18 視よ我は斯觀たり 人の身にとりて善かつ美なる者は 神にたまはるその生命の極食󠄃飮をなし 且その日の下に勞して働ける勞苦によりて得るところの福祿を身に享るの事なり是その分󠄃なればなり
19 何人によらず神がこれに富と財を與へてそれに食󠄃ことを得せしめ またその分󠄃を取りその勞苦によりて快樂を得ることをせさせたまふあれば その事は神の賜物たるなり
20 かかる人はその年齡の日を憶ゆること深からず 其は神これが心の喜ぶところにしたがひて應ることを爲したまへばなり
第6章
1 我觀るに日の下に一件の患あり是は人の間に恒なる者なり
2 すなはち神富と財と貴を人にあたへて その心に慕ふ者を一件もこれに缺ることなからしめたまひながらも 神またその人に之を食󠄃ふことを得せしめたまはずして 他人のこれを食󠄃ふことあり 是空󠄃なり惡き疾なり
3 假令人百人の子を擧けまた長壽してその年齡の日多からんも 若その心景福に滿足せざるか又󠄂は葬らるることを得ざるあれば 我言ふ流產の子はその人にまさるたり
1152㌻
4 夫流產の子はその來ること空󠄃しくして黑暗󠄃の中に去ゆきその名は黑暗󠄃の中にかくるるなり
5 又󠄂是は日を見ることなく物を知ることなければ彼よりも安泰なり
6 人の壽命千年に倍するとも福祉を蒙れるにはあらず 皆一所󠄃に徃くにあらずや
7 人の勞苦は皆その口のためなり その心はなほも飽󠄄ざるところ有り
8 賢者なんぞ愚者に勝󠄃るところあらんや また世人の前󠄃に步行ことを知ところの貧󠄃者も何の勝󠄃るところ有んや
9 目に觀る事物は心のさまよひ步くに愈るなり 是また空󠄃にして風を捕ふるがごとし
10 甞て在し者は久しき前󠄃にすでにその名を命られたり 即ち是は人なりと知る 然ば是はかの自己よりも力强き者と爭ふことを得ざるなり
11 衆多の言論ありて虛浮き事を增す然ど人に何の益あらんや
12 人はその虛空󠄃き生命の日を影のごとくに送󠄃るなり 誰かこの世において如何なる事か人のために善き者なるやを知ん 誰かその身の後に日の下にあらんところの事を人に吿うる者あらんや
第7章
1 名は美膏に愈り 死る日は生るる日に愈る
2 哀傷の家に入は宴樂の家に入に愈る 其は一切の人の終󠄃かくのごとくなればなり 生る者またこれをその心にとむるあらん〘887㌻〙
3 悲哀は嬉笑に愈る 其は面に憂色を帶るなれば心も善にむかへばなり
4 賢き者の心は哀傷の家にあり 愚なる者の心は喜樂の家にあり
5 賢き者の勸責を聽は愚なる者の歌詠を聽に愈るなり
6 愚なる者の笑は釜の下に焚る荊棘の聲のごとし是また空󠄃なり
7 賢き人も虐󠄃待る事によりて狂するに至るあり賄賂は人の心を壞なふ
1153㌻
8 事の終󠄃はその始よりも善し 容忍󠄄心ある者は傲慢心ある者に勝󠄃る
9 汝氣を急󠄃くして怒るなかれ 怒は愚なる者の胸にやどるなり
10 昔の今にまさるは何故ぞやと汝言なかれ 汝の斯る問をなすは是智慧󠄄よりいづる者にあらざるなり
11 智慧󠄄の上に財產をかぬれば善し 然れば日を見る者等に利益おほかるべし
12 智慧󠄄も身の護庇となり銀子も身の護庇となる 然ど智惠はまたこれを有る者に生命を保しむ 是知識の殊勝󠄃たるところなり
13 汝神の作爲を考ふべし 神の曲たまひし者は誰かこれを直くすることを得ん
14 幸福ある日には樂め 禍患ある日には考へよ 神はこの二者をあひ交錯て降したまふ 是は人をしてその後の事を知ることなからしめんためなり
15 我この空󠄃の世にありて各樣の事を見たり 義人の義をおこなひて亡ぶるあり 惡人の惡をおこなひて長壽あり
16 汝義に過󠄃るなかれまた賢に過󠄃るなかれ 汝なんぞ身を滅すべけんや
17 汝惡に過󠄃るなかれまた愚なる勿れ 汝なんぞ時いたらざるに死べけんや
18 汝此を執は善しまた彼にも手を放すなかれ 神を畏む者はこの一切の者の中より逃󠄄れ出るなり
19 智慧󠄄の智者を幇くることは邑の豪雄者十人にまさるなり
20 正義して善をおこなひ罪を犯すことなき人は世にあることなし
21 人の言出す言詞には凡て心をとむる勿れ 恐くは汝の僕の汝を詛ふを聞こともあらん
22 汝も屡人を詛ふことあるは汝の心に知ところなり
23 我智慧󠄄をもてこの一切の事を試み我は智者とならんと謂たりしが遠󠄄くおよばざるなり
24 事物の理は遠󠄄くして甚だ深し 誰かこれを究むることを得ん
25 我は身をめぐらし心をもちひて物を知り事を探り 智慧󠄄と道󠄃理を索めんとし 又󠄂惡の愚たると愚癡の狂妄たるを知んとせり
1154㌻
26 我了れり 婦󠄃人のその心羅と網のごとくその手縲絏のごとくなる者は是死よりも苦き者なり 神の悅びたまふ者は之を避󠄃ることを得ん罪人は之に執らるべし〘888㌻〙
27 傳道󠄃者言ふ 視よ我その數を知んとして一々に算へてつひに此事を了る
28 我なほ尋󠄃ねて得ざる者は是なり 我千人の中には一箇の男子を得たれども その數の中には一箇の女子をも得ざるなり
29 我了れるところは唯是のみ 即ち神は人を正直者に造󠄃りたまひしに人衆多の計略を案出せしなり
第8章
1 誰か智者に如ん誰か事物の理を解ことを得ん 人の智慧󠄄はその人の面に光輝あらしむ 又󠄂その粗暴面も變改べし
2 我言ふ王の命を守るべし旣に神をさして誓ひしことあれば然るべきなり
3 早まりて王の前󠄃を去ることなかれ 惡き事につのること勿れ 其は彼は凡てその好むところを爲ばなり
4 王の言語には權力あり 然ば誰か之に汝何をなすやといふことを得ん
5 命令を守る者は禍患を受るに至らず 智者の心は時期と判󠄄斷を知なり
6 萬の事務には時あり判󠄄斷あり是をもて人大なる禍患をうくるに至るあり
7 人は後にあらんところの事を知ず また誰か如何なる事のあらんかを之に吿る者あらん
8 靈魂を掌管て靈魂を留めうる人あらず 人はその死る日には權力あること旡し 此戰爭には釋放たるる者あらず 又󠄂罪惡はこれを行ふ者を救ふことを得せざるなり
9 我この一切の事を見また日の下におこなはるる諸の事に心を用ひたり時としては此人彼人を治めてこれに害󠄅を蒙らしむることあり
10 我見しに惡人の葬られて安息にいるあり また善をおこなふ者の聖󠄄所󠄃を離れてその邑に忘らるるに至るあり是また空󠄃なり
11 惡き事の報速󠄃にきたらざるが故に世人心を專にして惡をおこなふ
1155㌻
12 罪を犯す者百次惡をなして猶長命あれども 我知る神を畏みてその前󠄃に畏怖をいだく者には幸福あるべし
13 但し惡人には幸福あらず またその生命も長からずして影のごとし 其は神の前󠄃に畏怖をいだくことなければなり
14 我日の下に空󠄃なる事のおこなはるるを見たり 即ち義人にして惡人の遭󠄃べき所󠄃に遭󠄃ふ者あり 惡人にして義人の遭󠄃べきところに遭󠄃ふ者あり 我謂り是もまた空󠄃なり
15 是に於て我喜樂を讃む 其は食󠄃飮して樂むよりも好き事は日の下にあらざればなり 人の勞して得る物の中是こそはその日の下にて神にたまはる生命の日の間その身に離れざる者なれ
〘889㌻〙
16 茲に我心をつくして智慧󠄄を知らんとし世に爲ところの事を究めんとしたり 人は夜も晝もその目をとぢて眠ることをせざるなり
17 我神の諸の作爲を見しが人は日の下におこなはるるところの事を究むるあたはざるなり 人これを究めんと勞するもこれを究むることを得ず 且又󠄂智者ありてこれを知ると思ふもこれを究むることあたはざるなり
第9章
1 我はこの一切の事に心を用ひてこの一切の事を明めんとせり 即ち義き者と賢き者およびかれらの爲ところは神の手にあるなるを明めんとせり 愛むや惡むやは人これを知ることなし一切の事はその前󠄃にあるなり
2 諸の人に臨む所󠄃は皆同じ 義き者にも惡き者にも善者にも 淨者にも穢れたる者にも 犧牲を献ぐる者にも犧牲を献げぬ者にもその臨むところの事は同一なり 善人も罪人に異ならず 誓をなす者も誓をなすことを畏るる者に異なら
1156㌻
3 諸の人に臨むところの事の同一なるは是日の下におこなはるる事の中の惡き者たり 抑人の心には惡き事充をり その生る間は心に狂妄を懷くあり 後には死者の中に徃くなり
4 凡活る者の中に列る者は望󠄇あり 其は生る犬は死る獅子に愈ればなり
5 生者はその死んことを知る 然ど死る者は何事をも知ずまた應報をうくることも重てあらず その記憶らるる事も遂󠄅に忘れらるるに至る
6 またその愛も惡も嫉も旣に消󠄃うせて彼等は日の下におこなはるる事に最早何時までも關係ことあらざるなり
7 汝徃て喜悅をもて汝のパンを食󠄃ひ樂き心をも汝の酒を飮め 其は神久しく汝の行爲を嘉納󠄃たまへばなり
8 汝の衣服󠄃を常に白からしめよ 汝の頭に膏を絕しむるなかれ
9 日の下に汝が賜はるこの汝の空󠄃なる生命の日の間汝その愛する妻とともに喜びて度生せ 汝の空󠄃なる生命の日の間しかせよ 是は汝が世にありて受る分󠄃汝が日の下に働ける勞苦によりて得る者なり
10 凡て汝の手に堪ることは力をつくしてこれを爲せ 其は汝の徃んところの陰府には工作も計謀も知識も智慧󠄄もあることなければなり
11 我また身をめぐらして日の下を觀るに 迅󠄄速󠄃者走ることに勝󠄃にあらず强者戰爭に勝󠄃にあらず 智慧󠄄者食󠄃物を獲にあらず 明哲人財貨を得にあらず 知識人恩顧󠄃を得にあらず 凡て人に臨むところの事は時ある者偶然なる者な〘890㌻〙
12 人はまたその時を知ず 魚の禍の網にかかり鳥の鳥羅にかかるが如くに世の人もまた禍患の時の計らざるに臨むに及びてその禍患にかかるなり
13 我日の下に是事を觀て智慧󠄄となし大なる事となせり
14 すなはち茲に一箇の小き邑ありて その中の人は鮮かりしが大なる王これに攻きたりてこれを圍みこれに向ひて大なる雲梯を建たり
15 時に邑の中に一人の智慧󠄄ある貧󠄃しき人ありてその智慧󠄄をもて邑を救へり 然るに誰ありてその貧󠄃しき人を記念もの無りし
1157㌻
16 是において我言り智慧󠄄は勇力に愈る者なりと 但しかの貧󠄃しき人の智慧󠄄は藐視られその言詞は聽れざりしなり
17 靜に聽る智者の言は愚者の君長たる者の號呼に愈る
18 智慧󠄄は軍の器に勝󠄃れり一人の惡人は許多の善事を壞ふなり
第10章
1 死し蠅は和香者の膏を臭くしこれを腐らす 少許の愚癡は智慧󠄄と尊󠄅榮よりも重し
2 智者の心はその右に愚者の心はその左に行くなり
3 愚者は出て途󠄃を行にあたりてその心たらず自己の愚なることを一切の人に吿ぐ
4 君長たる者汝にむかひて腹たつとも汝の本處を離るる勿れ溫順は大なる愆を生ぜしめざるなり
5 我日の下に一の患事あるを見たり是は君長たる者よりいづる過󠄃誤に似たり
6 すなはち愚なる者高き位に置かれ貴き者卑き處に坐る
7 我また僕たる者が馬に乘り王侯たる者が僕のごとく地の上に步むを觀たり
8 坑を掘る者はみづから之におちいり石垣を毀つ者は蛇に咬れん
9 石を打くだく者はそれがために傷を受け木を割󠄅る者はそれがために危難に遭󠄃ん
10 鐵の鈍くなれるあらんにその刃󠄃を磨ざれば力を多く之にもちひざるを得ず 智慧󠄄は功を成に益あるなり
11 蛇もし呪術を聽ずして咬ば呪術師は用なし
12 智者の口の言語は恩德あり 愚者の唇はその身を呑ほろぼす
13 愚者の口の言は始は愚なり またその言は終󠄃は狂妄にして惡し
14 愚者は言詞を衆くす 人は後に有ん事を知ず 誰かその身の後にあらんところの事を述󠄃るを得ん
15 愚者の勞苦はその身を疲らす彼は邑にいることをも知ざるなり
1158㌻
16 その王は童子にしてその侯伯は朝󠄃に食󠄃をなす國よ 汝は禍なるかな
17 その王は貴族の子またその侯伯は醉樂むためならず力を補ふために適󠄄宜き時に食󠄃をなす國よ 汝は福なるかな〘891㌻〙
18 懶惰ところよりして屋背は落ち 手を垂をるところよりして家屋は漏る
19 食󠄃事をもて笑ひ喜ぶの物となし酒をもて快樂を取れり 銀子は何事にも應ずるなり
20 汝心の中にても王たる者を詛ふなかれ また寢室にても富者を詛なかれ 天空󠄃の鳥その聲を傳へ羽翼ある者その事を布べければなり
第11章
1 汝の糧食󠄃を水の上に投げよ 多くの日の後に汝ふたゝび之を得ん
2 汝一箇の分󠄃を七また八にわかて 其は汝如何なる災害󠄅の地にあらんかを知ざればなり
3 雲もし雨の充るあれば地に注ぐ また樹もし南か北に倒るるあればその樹は倒れたる處にあるべし
4 風を伺ふ者は種播ことを得ず 雲を望󠄇む者は刈ことを得ず
5 汝は風の道󠄃の如何なるを知ず また孕める婦󠄃の胎にて骨の如何に生長つを知ず 斯汝は萬事を爲たまふ神の作爲を知ことなし
6 汝朝󠄃に種を播け 夕にも手を歇るなかれ 其はその實る者は此なるか彼なるか又󠄂は二者ともに美なるや汝これを知ざればなり
7 夫光明は快き者なり 目に日を見るは樂し
8 人多くの年生ながらへてその中凡て幸福なるもなほ幽暗󠄃の日を憶ふべきなり 其はその數も多かるべければなり 凡て來らんところの事は皆空󠄃なり
9 少者よ汝の少き時に快樂をなせ 汝の少き日に汝の心を悅ばしめ汝の心の道󠄃に步み汝の目に見るところを爲せよ 但しその諸の行爲のために神汝を鞫きたまはんと知べし
10 然ば汝の心より憂を去り 汝の身より惡き者を除け 少き時と壯なる時はともに空󠄃なればなり
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第12章
1 汝の少き日に汝の造󠄃主を記えよ 即ち惡き日の來り年のよりて我は早何も樂むところ無しと言にいたらざる先
2 また日や光明や月や星の暗󠄃くならざる先 雨の後に雲の返󠄄らざる中に汝然せよ
3 その日いたる時は家を守る者は慄ひ 力ある人は屈み 磨碎者は寡きによりて息み 窓より窺ふ者は目昏むなり
4 磨こなす聲低くなれば衢の門は閉づ その人は鳥の聲に起󠄃あがり 歌の女子はみな身を卑くす
5 かかる人々は高き者を恐る畏しき者多く途󠄃にあり 巴旦杏は花咲くまた蝗もその身に重くその嗜欲は廢る 人永遠󠄄の家にいたらんとすれば哭婦󠄃衢にゆきかふ
6 然る時には銀の紐は解け金の盞は碎け吊瓶は泉の側に壞れ轆轤は井の傍に破ん〘892㌻〙
7 而して塵は本の如くに土に皈り 靈魂はこれを賦けし神にかへるべし
8 傳道󠄃者云ふ空󠄃の空󠄃なるかな皆空󠄃なり
9 また傳道󠄃者は智慧󠄄あるが故に恒に知識を民に敎へたり 彼は心をもちひて尋󠄃ね究め許多の箴言を作れり
10 傳道󠄃者は務めて佳美き言詞を求めたり その書しるしたる者は正直して眞實の言語なり
11 智者の言語は刺鞭のごとく 會衆の師の釘たる釘のごとくにして 一人の牧者より出し者なり
12 わが子よ是等より訓誡をうけよ 多く書をつくれば竟なし 多く學べば體疲る
13 事の全󠄃體の皈する所󠄃を聽べし 云く 神を畏れその誡命を守れ 是は諸の人の本分󠄃たり
14 神は一切の行爲ならびに一切の隱れたる事を善惡ともに審判󠄄たまふなり〘893㌻〙
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